日韓歴史論争

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ソンウ、「李忠武公は東郷の師ニダ!」

投稿者: honkytonk_2002_x 投稿日時: 2008/04/01 14:18 投稿番号: [4485 / 6952]
>李舜臣と東郷のエピソードは「誇張され伝わった話」とよくいわれるが、藤塚氏は親しかった在日朝鮮美術研究家イ・ヨンゲ氏から直接聞いた話を基に語っていた。

なんだ、そんな程度か。

>植民地時代の資産家だったイ・ヨンゲ氏

ん? ニテーイ時代で朝鮮人資産家なら、チンイルパでは?(笑)

>司馬遼太郎は71年の紀行文『街道を行く』で、日露戦争当時の05年、東郷艦隊がロシアのバルチック艦隊と戦うため出港するとき、兵士たちが李舜臣に祈りをささげたという記録を紹介し、次の通り書いた。「明治時代の士官学校生らは300年前の朝鮮の敵将にどれほど畏敬(いけい)の念を抱いていたかが分かる。その後(日露戦争後)も李舜臣の鎮魂祭を行う伝統が残っていた。(海軍大将になった)山屋他人もそうだった。“韓国人が忘れた李舜臣に、日本人は畏敬と関心を持ち続けてきたのでは”という韓国人もいる」

士官学校⇒兵学校、では?
やっぱここでも「司馬」ですね。

>31日付の本紙コラム「(人気小説家)キム・フンはなぜ小説『安重根』が書けないか」で「伊藤博文の生きざまと内面に対する勉強が足りない」というキム・フン氏の話を読んだとき、藤塚氏が言った「日本人の偉大な面」について何度も考えた。「勉強が足りない」というのは謙遜(けんそん)だろう。「当時の世界史をありのまま受け入れるには、まだ韓国社会にとって荷が重い」という表現がふさわしいのではないかと思う。

そうだとしたら、「まだ事実を受け入れられないのか? ならば、もういいんじゃない? 別に(笑)」って感じだな。
つうか、朝鮮でも実際の知識人は、アタマの中では「事実」は「事実」として「認識」はしているってことか。で、「気持ち」は理性・知性とは別だって事だね。

>東郷艦隊が敵将に祈るときのような「強国になりたい」という熱意が、自己否定に至るほどは切迫していないせいかもしれない。

え? 意味がよく分からんが、それは「東郷は敵将に祈る、つまりは日本人として『自己否定』するほど思いつめ、そして戦った」とでも言いたいのか?
(あの逸話の真偽はさておき)敵将を尊敬したら、「自己否定」なのか?
ならば、清正の篭城作戦なんて、朝鮮人は研究する対象にもならんのかね?

まあともあれ、朝鮮人が切迫していないっていうのは、理解するよ。それは分かるな。

ttp://www.chosunonline.com/article/20080401000039

ttp://www.chosunonline.com/article/20080401000040
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