Re: 朝鮮総督府による言論弾圧の実態とは
投稿者: toapanlang 投稿日時: 2007/10/22 16:18 投稿番号: [4128 / 6952]
とりあえず概説を。
>日韓併合前に民族紙があったのだろうか?
>新聞の概念もなかった。
ありましたよ。
朴泳孝ら開化派が1883年に発行を開始した「漢城旬報」です。このときはまだハングルではなく漢文だけですが。
これは1884年に廃刊され、1886年に「漢城周報」として再び発行されました。このとき井上角五郎も参画し、ハングル交じり文が初めて使用されました。
>併合前の朝鮮の教育は書院という所で両班の子弟対象に漢字の読み書きしか教えておらず一般民衆は読み書きできなかった。勿論ハングルも埋もれていた。
書院において初等教育の基礎段階ではハングルも併記された教材がありました。がんらいハングルは「正しい漢字音を教える」ものですから。ハングルも埋もれていたと言うより、正式の教養ではないという扱いです。なお「弾圧されていた」という言説をしばしば目にしますが、これは明らかに言いすぎです。「使用されていない」ことと「弾圧された」こととはイコールではないですしね。
「漢城旬報」「漢城周報」の発刊に関わった井上角五郎は、ハングルの研究者でもあった儒学者の姜イ[王韋]を家庭教師としてハングルの研究をはじめ、彼と相談もしながら漢字ハングル混交文の作成をすすめました。
また、近代的な新聞としては「毎日申報」つまり「大韓毎日申報」が1905年に発刊されていますね。国債報償運動を提唱しつつ、社長のベセルが集まった義捐金を流用したり、ハーグ密使の李儁の病死を抗議の自殺と美化して報道したり、伊藤博文暗殺のさいには社内で乾杯をやって社長に怒られた連中がいたりと、いろいろ楽しい新聞です。
これは メッセージ 4127 (koshien21c さん)への返信です.
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