Re: 新羅征伐を描いた絵巻物(14世紀)
投稿者: honkytonk_2002_x 投稿日時: 2007/08/05 00:08 投稿番号: [3987 / 6952]
この朝鮮人の解釈も間違っていますね。そもそも。
>>日本天皇である夫が新羅との戦争中に落命し、復讐のため魔法の宝石を持った神功皇后が新羅を征伐した、
神功皇后の夫である仲哀天皇は、新羅とは戦っていません。
妻である神功皇后が、「新羅を討てば、熊襲も自然に大人しくなりましょうぞ」と言ったのですが、高台に登り、「ほほう。そなたが言う方角には、何も国なんぞは見えんがのう」と笑い飛ばしたんですな。
皇后、神懸りになり、「おのれ! おまえは一直線にあの世へ落ちるであろう!」と。
天皇、無視して楽器をかなでると、急に灯りがパッと消えた。灯りをまたともしたら、天皇は崩御されていた。
そして、反対者がいなくなった皇后は、新羅征伐に向かう、という筋書きです。
『日本書紀』には、「一説には、天皇は熊襲との戦闘で戦死されたとも言われている」と、別の説も掲載してあります。
この筋書きが、大まかに正しいとすると、なんとなく、皇后と武内宿禰が、新羅征伐に感心が無い天皇を謀殺したとも考えられなくも無いです、私見では。
>>しかし追加された文言は、「これは歴史上のことではない。日本人の立場から描かれたもので、韓国人の見解はこれと異なる(This story … is not historical. It is told from a Japanese point of view: Korean views would be quite different.)」としているのみで、説話の根拠たりうる歴史的事件の存否に関する具体的な言及がなく、
日本も、戦後はその説話を、朝鮮に気兼ねして、「ただの伝承」と言う風潮は強いですね。
ただ、そう言うのなら、高麗で書かれた『三国史記』の「新羅本紀」の中の、まさに神功皇后の時代に「倭が新羅の都の金城を、数日間包囲した」という記述や、『広開土王碑文』の中の、「(新羅の使者が)我が国が倭に後略されました。助けで下さい」「新羅の都に進撃したら、倭がその中に満ちていた」という記述まで否定しなくてはならない。
神功皇后が万一架空の人物であっても、その説話の大元になった新羅攻略や、倭国が朝鮮での軍事支配権を主張する話は、日本、中国、朝鮮の正史(官選の史書)に書かれています。
仕方ないのにねえ。(笑)
これは メッセージ 3985 (imp_mania_jk さん)への返信です.
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