続・ハーグ密使事件100周年
投稿者: toapanlang 投稿日時: 2007/07/16 00:24 投稿番号: [3946 / 6952]
ちょっと面白そうな記事を見つけましたので。
上中下に分かれていますので、まず「上」から
>しかし現在の定説では、イ・ジュン烈士は「憤死」または「殉国」したという非常に曖昧な表現を使っている。これは、62年に国史編纂委員会が調査した結果、「割腹自殺ではない」との判断が下されたためだ。だが、現在も依然として一部の出版物では「自決」したと書かれているため、さらに混乱に輪を掛けている。
ま、ろくに調べもせずに景気のいい説を採ってきたわけだなと。こいつららしい。
次、「中」から。
>ハーグのイ・ジュン烈士記念館のソン・チャンジュ館長は「自然死だったはずがない」と力を込めて語った。その根拠としてソン館長は、急いでハーグに戻ってきたイ・ウィジョンが20日付の「万国平和会議報」で、「イ・ジュンは腫れ物を患っていたが、それは特に大したものではなかった。彼は死ぬ前日まで長い間まったく食事を取っていなかった」と証言している点を挙げた。
このイ・ウィジョン(李[王韋]鐘)の証言全体を見てみなきゃ判断はできんぞ。願望によるトリミングはこいつらの得意技だからな。
>イ・ジュン烈士の死は、勉庵・崔益鉉(チェ・イクヒョン)の例に見られるように、断食による自殺だったのだろうか。つい最近出版されたイ・ジュン烈士の伝記『高宗皇帝の最後の特使』(歴史空間、2007年1月)を著したイ・ゲヒョン博士(国民大研究員)も断食による自殺説を唱えている。
あーあ、崔益鉉さんを出してしまったよ。こいつを持ち出すとわりと薮蛇♪
併合時の義兵闘争を指揮して逮捕され対馬に収監された崔先生が、警備隊長に対して、冠を取って敬礼しろと言われて怒り(人前で冠を取ることは礼に背く恥かしい行為)、「賊の金銭で賄われる食は食わぬ」と断食をやったのは最初の3日間だけ。日本側が「冠の件については通訳の行き違いがあった為の誤解だ。食費は大韓王室から出ている」と説得して翻意させたんだよなぁ。数ヵ月後にガンで病死しただけってのが事実。
一緒に収監されていた人物はこの顛末を記録しており、それは70年に出た「独立運動史資料集」にも収録されているから崔益鉉断食死説の虚構はすでに明らかになっているんだがなぁ。
次、「下」
>またイ・ヤンジュ理事は、26年4月30日付で在広東日本国総領事館が外務大臣宛に送った日本側機密文書を新たに発掘し、本紙に公開した。この文書には、イ・ジュン烈士がハーグで「割腹憤死」したと記録されている。さらに、これ以外にも「自決」を立証する証拠としては、「イ・ジュン烈士の夫人イ・イルチョン女史が1907年7月15日午後2時ごろ、イ・サンソル氏が送った夫の自決を伝える電報を受け取った」と報じた韓国の新聞記事(59年11月23日付)など、多数の証拠があるとイ理事は話した。
この「新たに発掘」された資料、ぜひ見てみたいなぁ♪ざっと探したところ、アジ歴にはなさそうだったけどね。
「多数の証拠」ってほとんど新聞記事やん。意味ないって。
・・・・・・・
イ・ジュン烈士の死は自決か憤死か(上)
http://www.chosunonline.com/article/20070715000020
イ・ジュン烈士の死は自決か憤死か(中)
http://www.chosunonline.com/article/20070715000021
イ・ジュン烈士の死は自決か憤死か(下)
http://www.chosunonline.com/article/20070715000022
上中下に分かれていますので、まず「上」から
>しかし現在の定説では、イ・ジュン烈士は「憤死」または「殉国」したという非常に曖昧な表現を使っている。これは、62年に国史編纂委員会が調査した結果、「割腹自殺ではない」との判断が下されたためだ。だが、現在も依然として一部の出版物では「自決」したと書かれているため、さらに混乱に輪を掛けている。
ま、ろくに調べもせずに景気のいい説を採ってきたわけだなと。こいつららしい。
次、「中」から。
>ハーグのイ・ジュン烈士記念館のソン・チャンジュ館長は「自然死だったはずがない」と力を込めて語った。その根拠としてソン館長は、急いでハーグに戻ってきたイ・ウィジョンが20日付の「万国平和会議報」で、「イ・ジュンは腫れ物を患っていたが、それは特に大したものではなかった。彼は死ぬ前日まで長い間まったく食事を取っていなかった」と証言している点を挙げた。
このイ・ウィジョン(李[王韋]鐘)の証言全体を見てみなきゃ判断はできんぞ。願望によるトリミングはこいつらの得意技だからな。
>イ・ジュン烈士の死は、勉庵・崔益鉉(チェ・イクヒョン)の例に見られるように、断食による自殺だったのだろうか。つい最近出版されたイ・ジュン烈士の伝記『高宗皇帝の最後の特使』(歴史空間、2007年1月)を著したイ・ゲヒョン博士(国民大研究員)も断食による自殺説を唱えている。
あーあ、崔益鉉さんを出してしまったよ。こいつを持ち出すとわりと薮蛇♪
併合時の義兵闘争を指揮して逮捕され対馬に収監された崔先生が、警備隊長に対して、冠を取って敬礼しろと言われて怒り(人前で冠を取ることは礼に背く恥かしい行為)、「賊の金銭で賄われる食は食わぬ」と断食をやったのは最初の3日間だけ。日本側が「冠の件については通訳の行き違いがあった為の誤解だ。食費は大韓王室から出ている」と説得して翻意させたんだよなぁ。数ヵ月後にガンで病死しただけってのが事実。
一緒に収監されていた人物はこの顛末を記録しており、それは70年に出た「独立運動史資料集」にも収録されているから崔益鉉断食死説の虚構はすでに明らかになっているんだがなぁ。
次、「下」
>またイ・ヤンジュ理事は、26年4月30日付で在広東日本国総領事館が外務大臣宛に送った日本側機密文書を新たに発掘し、本紙に公開した。この文書には、イ・ジュン烈士がハーグで「割腹憤死」したと記録されている。さらに、これ以外にも「自決」を立証する証拠としては、「イ・ジュン烈士の夫人イ・イルチョン女史が1907年7月15日午後2時ごろ、イ・サンソル氏が送った夫の自決を伝える電報を受け取った」と報じた韓国の新聞記事(59年11月23日付)など、多数の証拠があるとイ理事は話した。
この「新たに発掘」された資料、ぜひ見てみたいなぁ♪ざっと探したところ、アジ歴にはなさそうだったけどね。
「多数の証拠」ってほとんど新聞記事やん。意味ないって。
・・・・・・・
イ・ジュン烈士の死は自決か憤死か(上)
http://www.chosunonline.com/article/20070715000020
イ・ジュン烈士の死は自決か憤死か(中)
http://www.chosunonline.com/article/20070715000021
イ・ジュン烈士の死は自決か憤死か(下)
http://www.chosunonline.com/article/20070715000022
これは メッセージ 3936 (toapanlang さん)への返信です.
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