ウリは「唐」の高級官僚ニダ♪
投稿者: botannabe2003 投稿日時: 2007/06/01 12:15 投稿番号: [3868 / 6952]
新羅は唐の属国ニカ?統治国ニカ?(笑)
>百済と高句麗を相次いで滅亡させた唐の高宗統治期
歴史を認めてるんだ^^
で、何を言いたいニカ、この記事で?
宗主国様の高級官僚になったことのホルホル記事???
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亡国百済高位官僚墓誌石、1300年余ぶりに発見
新羅・唐連合軍によって、百済が滅亡し、捕虜として唐に連行されて行った後、転向して高い位に就いたある百済高官の墓誌石が、1300年ぶりに唐の都であった西安で出土した。
昨年出土したと見られるこの墓誌石の主人公は、百済高位武官出身の「祢寔進」という人物で、唐の朝廷で最高位級の警備部隊長を務め、彼の祖父と父は百済の正一品(正一位)の官職である佐平(長官クラス)だった。
唐に連行された百済王族および高官.将軍らとして、その墓誌石が中国で発見された人物は、百済最後の王の義慈王の息子夫余隆、黒歯常之、黒歯俊、難元慶、諾思計に続き、祢寔進が6番目だ。
中国吉林省で発刊される隔月刊歴史雑誌「東北史地」最近号は、こうした内容を含む「洛陽、魯山、西安で出土した唐代百済人墓地探索」という洛陽大学の董延寿教授と、洛陽古代芸術館の趙振華副研究員の共同執筆論文を掲載した。
この論文に全文が引用された墓誌の内容によれば、祢寔進は本来、百済熊川(現在の忠南公州)人として、官職が唐朝廷の最高位級警備部隊長である「左威衛大将軍」にまで就き、祖父は「佐平芸多」、父は「佐平思善」だった。
彼は百済と高句麗を相次いで滅亡させた唐の高宗統治期の西暦672年5月25日、現在の山東省煙台の龍口である来州黄県で58歳で生涯を閉じ、皇帝の命令により、その年11月21日、遺骸が西安に運柩されて、高官らが埋められる高陽原に安置された。(連合)
韓国速報 07/6/1
http://www.worldtimes.co.jp/kansok/kan/cul/070601-3.html
これは メッセージ 1 (ryuckel さん)への返信です.
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