日韓歴史論争

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Re: 伝説に息づく日韓交流

投稿者: toapanlang 投稿日時: 2007/01/07 00:59 投稿番号: [3530 / 6952]
>新羅時代、ヨノランがこの付近で海藻を取っていると、乗っていた岩が動き出し、日本へ。王になったヨノランを追いかけて日本に渡ったセオニョも妃(きさき)になった。太陽が隠れて真っ暗になった新羅は、2人に戻るよう伝えるため、使いを出す。だが「日本で国造りをしているので戻れない」と断る2人。使いがセオニョの絹織物を持ち帰ると、新羅に日差しが戻った――。

そうそう、念のため、三国遺事の該当箇所(原文)をあげておきましょう。

延烏郎   細烏女
第八代阿達羅王即位四年丁酉。東海浜有延烏郎・細烏女夫婦而居。一日延烏帰海採藻。忽有一巌(一云一魚)。負帰日本。国人見之曰非常人也。乃立為王(按日本帝紀(紀)、前後無新羅人王為者。此乃辺邑小王而非真王也)。
細烏女恠夫不来。帰尋之、見夫脱鞋。亦上其巌、巌亦負帰如前。其国人驚訝、奏献於王。夫婦相会、立為貴妃。
是時新羅日月無光。日者奏云「日月之精、降在我国、今去日本。故致斯恠」王遣使求二人。述烏曰「我到此国、天使然也。今何帰乎。雖然朕之妃有所織細[糸肖]、以此祭天可矣」仍賜其[糸肖]。使人来奏。依其言而祭之、然後日月如旧。蔵其[糸肖]於御庫為国宝、名其庫為貴妃庫。祭天所名迎日県、又都祈野。

どこに、

>だが「日本で国造りをしているので戻れない」と断る2人。

なんて書いてあるんでしょうな。作為的なにおいが濃い記述です。「新羅から渡った人々が日本をつくった」と決め付けているのではないか、と疑いたくなります。

ついでにもう少し。

>浦項から日本海を越えて東に約300キロ。出雲の地にも朝鮮半島とのかかわりを示す伝説が息づく。出雲神話の英雄スサノオノミコトが高天原(たか・まが・はら)を追放されて新羅に渡った後、粘土の船で出雲に天下り、ヤマタノオロチを退治したとされる言い伝えだ。

ははぁ、日本書紀記載の「一書曰」という異説の一つですな。

>出雲神話の舞台の一つ、出雲市長浜地区では草の根の日韓交流が続いている。

>一帯は「国引き神話」で、新羅の土地を出雲に引き寄せた綱にたとえられる土地だ。

国引き神話は、地形の変化で島だった島根半島が陸続きになったことが元ネタであると考えたほうが自然ですがね。
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