『日本書紀』朝鮮関係年表、仲哀〜雄略②
投稿者: trip_in_the_night 投稿日時: 2006/08/15 00:18 投稿番号: [3124 / 6952]
○神功皇后摂政50年庚午
250(370)
2月、荒田別ら日本に帰国。
5月、千熊長彦・久氏ら、日本に帰着。百済王の至誠を嘉して、多沙城を増し賜い、往還路の駅となさしむ。
○神功皇后摂政51年辛未
251(371)
3月、百済王、また久氏らを遣わして朝貢。久氏らの帰国に副えて千熊長彦を百済に遣わす。
○神功皇后摂政52年壬申
252(372)
9月、百済使久氏ら、千熊長彦とともに至る。すなわち、七枝刀、七子鏡及び種々の重宝を献る。
○神功皇后摂政55年乙亥
255(375)
是歳、百済の肖古王、没す。
○神功皇后摂政56年丙子
256(376)
是歳、百済の王子貴須、王となる。
○神功皇后摂政62年壬午
262(382)
是歳、新羅、日本に朝貢せず。日本、襲津彦を派遣して新羅を撃たしむ。百済記に云わく、「沙至比跪、新羅の美女を受け、かえって加羅国を伐つ。加羅国王、人民を率いて百済に逃げる。百済、厚く遇す。加羅国王、妹を大倭(日本)に遣わし、沙至比跪のことを報ず。天皇、大いに怒り、木羅斤資を遣わし、軍を率いて加羅に遣わし、社稷を復せしむ。一説に、沙至比跪、ひそかに日本に帰るが、結局石穴に入りて死ぬという。」と。
○神功皇后摂政64年甲申
264(384)
是歳、百済の貴須王、没す。王子忱流王、王となる。
○神功皇后摂政65年乙酉
265(385)
是歳、百済の忱流王、薨ず。王子阿花が年少により、叔父辰斯、奪いて王となる。
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