Re: 韓国人の基本的な事実誤認
投稿者: trip_in_the_night 投稿日時: 2006/08/15 17:11 投稿番号: [3128 / 6952]
歴史的事実。
③大韓民国臨時政府は連合国に認められない。連合軍から拒否された。
1951年5月 ワシントンで開催した米英協議。
イギリスが「韓国は日本と交戦状態になかった」として韓国の署名に猛反対。
1951年7月9日 米Dean Rusk国務長官特別補佐官・梁裕燦韓国大使会談。
韓国大使に「日本との戦争状態にあり、1942年1月の連合国宣言に署名した国家のみが講和条約に署名できる。従って韓国は署名国とはなれない」と通告。
韓国大使は「日本と戦った韓国人部隊が中国にあった。臨時政府として対日宣戦布告をした。」と抗議。
しかしアメリカは、「韓国臨時政府を一度も承認したことはない」と拒否。
1951年8月16日
米国務省が講和条約最終草案を発表。韓国の不参加が決定。
④中国共産党軍(八路軍)の朝鮮人部隊の実態。
昭和21年、八路軍に従軍・協力させられた元日本兵の記録。
自費出版「夏草の賦 一衛生兵の手記」より引用。()内は投稿者の注。
『八路軍の中に朝鮮人だけで編成された朝鮮人部隊があった。隊員は皆、若く日本語が話せるので始末が悪かった。用事もないのに宿舎に来ては、作業隊員(日本兵)に嫌がらせをするのには弱った。彼らは日本人に何か報復的な感情をもっていた。作業隊員の物品に目を付け、帯革を欲しがって強制的に取りあげようとしたりして、目に余るものがあった。私は腹に据えかねていたので本部員(八路軍兵士)に、うっかりこのことを洩らしてしまった。
夜、遅く武装した彼ら、四、五名が隊長室にやってきて
「起きろ!」
と怒鳴り
「軍本部(八路軍本部)に告げ口した奴がいる。出て来い」
井出隊長も向井も私もむっくり起きあがった。ところが驚いたことに井出隊長が大声で流暢な朝鮮語で、しゃべり出した。出鼻を挫かれた彼らはたちつくしてきいている。
「非は君らにある。君らの行為は軍律きびしい八路軍にあるまじき行為である。冷静に考えて見よ。われわれ日本人作業隊は今は八路軍に属し、八路軍に協力している。君たちの同志ではないか。しかも、ここにいるわれわれ三人は団長以下幹部(八路軍)に殊のほか信頼の厚い者である。君たちがもしわれわれに報復したとしたら、君たちもそのままでは済むまい」
と臆するところなく、まくしたてた。私も日本語で同じことを言わう(ママ)としていた。彼らは気を呑まれて
「すまなかった」
とポツリと言って闇に消えていった。この後朝鮮人部隊は宿舎に姿を見せることはなかった。』
③大韓民国臨時政府は連合国に認められない。連合軍から拒否された。
1951年5月 ワシントンで開催した米英協議。
イギリスが「韓国は日本と交戦状態になかった」として韓国の署名に猛反対。
1951年7月9日 米Dean Rusk国務長官特別補佐官・梁裕燦韓国大使会談。
韓国大使に「日本との戦争状態にあり、1942年1月の連合国宣言に署名した国家のみが講和条約に署名できる。従って韓国は署名国とはなれない」と通告。
韓国大使は「日本と戦った韓国人部隊が中国にあった。臨時政府として対日宣戦布告をした。」と抗議。
しかしアメリカは、「韓国臨時政府を一度も承認したことはない」と拒否。
1951年8月16日
米国務省が講和条約最終草案を発表。韓国の不参加が決定。
④中国共産党軍(八路軍)の朝鮮人部隊の実態。
昭和21年、八路軍に従軍・協力させられた元日本兵の記録。
自費出版「夏草の賦 一衛生兵の手記」より引用。()内は投稿者の注。
『八路軍の中に朝鮮人だけで編成された朝鮮人部隊があった。隊員は皆、若く日本語が話せるので始末が悪かった。用事もないのに宿舎に来ては、作業隊員(日本兵)に嫌がらせをするのには弱った。彼らは日本人に何か報復的な感情をもっていた。作業隊員の物品に目を付け、帯革を欲しがって強制的に取りあげようとしたりして、目に余るものがあった。私は腹に据えかねていたので本部員(八路軍兵士)に、うっかりこのことを洩らしてしまった。
夜、遅く武装した彼ら、四、五名が隊長室にやってきて
「起きろ!」
と怒鳴り
「軍本部(八路軍本部)に告げ口した奴がいる。出て来い」
井出隊長も向井も私もむっくり起きあがった。ところが驚いたことに井出隊長が大声で流暢な朝鮮語で、しゃべり出した。出鼻を挫かれた彼らはたちつくしてきいている。
「非は君らにある。君らの行為は軍律きびしい八路軍にあるまじき行為である。冷静に考えて見よ。われわれ日本人作業隊は今は八路軍に属し、八路軍に協力している。君たちの同志ではないか。しかも、ここにいるわれわれ三人は団長以下幹部(八路軍)に殊のほか信頼の厚い者である。君たちがもしわれわれに報復したとしたら、君たちもそのままでは済むまい」
と臆するところなく、まくしたてた。私も日本語で同じことを言わう(ママ)としていた。彼らは気を呑まれて
「すまなかった」
とポツリと言って闇に消えていった。この後朝鮮人部隊は宿舎に姿を見せることはなかった。』
これは メッセージ 3127 (trip_in_the_night さん)への返信です.
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