世界最古の金属活字本は「三場文選」?
投稿者: imp_mania_jk 投稿日時: 2006/08/02 20:04 投稿番号: [3117 / 6952]
また印刷すると文字が裏返しになる活版印刷ですか?
世界最古の技術の数々を生み出してきた素晴らしい民族が、なぜ数百年前の秀吉や半世紀前の日帝に襲われた程度で、
その培ってきた技術や発想力の全てを失ってしまうのだろうか?
>世界最古の金属活字本は「三場文選」?
はてな?「はてな」つく話は日本人なら話題にもしない。
まぁ、9000年前から文明があった国だしな。
中国大陸4000年の歴史もびっくり。
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世界最古の金属活字本は「三場文選」?
誠庵古書博物館所蔵の「三場文選」が、果たして「直指心経」よりも古い、現存する世界最古の金属活字本として認められるのか。中国の元の時代に行われた科挙のいわば参考書だった「三場文選」に使われた活字が、高麗時代の活字であることが新たに判明したことにより、1377年に刊行された「直指心経」よりも30年ほど前に作られた文書であるとの主張(本紙1993年1月7日付)を裏付けることになった。
韓国書誌学会(会長:宋日基〈ソン・イルギ〉中央大文献情報学科教授)は最近、誠庵古書博物館の趙炳順(チョ・ビョンスン)館長の論文『新刊類編歴挙三場文選対策(三場文選の原題)の研究』を学術叢書として刊行することに決めたと、31日明らかにした。今回の決定は、学界で「三場文選が最古の金属活字本」という主張に肯定的な反応が現れ始めたことを示している。これまで学界では、1970年代に初めて存在が明らかになった「三場文選5・6巻」に使われた活字が、朝鮮(李朝)時代初期の1403年に作られた「癸未字」の小さな字である「癸未小字」だとする見解が有力だった。趙館長は今回の論文で、三場文選の旧本を朝鮮時代初期の新本と綿密に比較・検討した末、旧本が高麗時代のものだったとする有力な証拠をつかんだ。
まず、旧本は印液(油を燃やした際にできた煤で作った墨)が金属活字によく染み込み、字体が鮮明できれいなのに対し、新本は光沢が薄れた灰色の墨を使っており薄汚いという。紙の厚さもまた、旧本(0.2㎜)が新本(0.05㎜)より4倍も厚かった。また、旧本に使われた活字と、新本の一部新しく作られた活字を比較したところ、旧本の方がよりきれいで原型に近く、高麗時代に作られた本であることを示している。趙館長は「高麗時代の金属活字と製紙技術が、朝鮮時代初期よりむしろ優れていたことを示すものだ」と説明した。
つまり、朝鮮時代初期に癸未小字を新たに作ったのではなく、高麗時代の書籍院で作られ使われてきた活字が、朝鮮時代になって癸未字の小さな字体になったということになる。このことについては、書誌学界の重鎮である成均館大の千惠鳳(チョン・ヘボン)教授も最近、『韓国書誌学』の改訂版で「癸未字の小さな字体は高麗時代の書籍院で作られた活字をそのまま受け継いだものだ」とし、癸未小字についての見解を修正した。
趙館長はまた、新本が元ではなく宋の時代の版本の格式に倣って、旧本の組版のフレームを180度逆にして使った点、また旧本が皇帝などの要人が登場する場面では、文章の途中でも改行する「擡頭法(たいとうほう)」を用いて元の皇帝に敬意を表しているのに対し、新本では元を徹底的に卑下している点などが、旧本が高麗時代のものである証拠だとしている。
「三場文選」の旧本の製作年代は、元でこの本が初めて刊行された1341年から、高麗が明に科挙受験生を派遣するようになった1370年の間と推定されている。ソウル大の安秉禧(アン・ビョンヒ)名誉教授は「三場文選はフランスにある『直指心経』とは違い、韓国内に現存しているものであり、寺院ではなく高麗の国立出版機関であった書籍院で製作されたものであるため、より大きな意味を持つものだ」と評価した。
朝鮮日報
世界最古の技術の数々を生み出してきた素晴らしい民族が、なぜ数百年前の秀吉や半世紀前の日帝に襲われた程度で、
その培ってきた技術や発想力の全てを失ってしまうのだろうか?
>世界最古の金属活字本は「三場文選」?
はてな?「はてな」つく話は日本人なら話題にもしない。
まぁ、9000年前から文明があった国だしな。
中国大陸4000年の歴史もびっくり。
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世界最古の金属活字本は「三場文選」?
誠庵古書博物館所蔵の「三場文選」が、果たして「直指心経」よりも古い、現存する世界最古の金属活字本として認められるのか。中国の元の時代に行われた科挙のいわば参考書だった「三場文選」に使われた活字が、高麗時代の活字であることが新たに判明したことにより、1377年に刊行された「直指心経」よりも30年ほど前に作られた文書であるとの主張(本紙1993年1月7日付)を裏付けることになった。
韓国書誌学会(会長:宋日基〈ソン・イルギ〉中央大文献情報学科教授)は最近、誠庵古書博物館の趙炳順(チョ・ビョンスン)館長の論文『新刊類編歴挙三場文選対策(三場文選の原題)の研究』を学術叢書として刊行することに決めたと、31日明らかにした。今回の決定は、学界で「三場文選が最古の金属活字本」という主張に肯定的な反応が現れ始めたことを示している。これまで学界では、1970年代に初めて存在が明らかになった「三場文選5・6巻」に使われた活字が、朝鮮(李朝)時代初期の1403年に作られた「癸未字」の小さな字である「癸未小字」だとする見解が有力だった。趙館長は今回の論文で、三場文選の旧本を朝鮮時代初期の新本と綿密に比較・検討した末、旧本が高麗時代のものだったとする有力な証拠をつかんだ。
まず、旧本は印液(油を燃やした際にできた煤で作った墨)が金属活字によく染み込み、字体が鮮明できれいなのに対し、新本は光沢が薄れた灰色の墨を使っており薄汚いという。紙の厚さもまた、旧本(0.2㎜)が新本(0.05㎜)より4倍も厚かった。また、旧本に使われた活字と、新本の一部新しく作られた活字を比較したところ、旧本の方がよりきれいで原型に近く、高麗時代に作られた本であることを示している。趙館長は「高麗時代の金属活字と製紙技術が、朝鮮時代初期よりむしろ優れていたことを示すものだ」と説明した。
つまり、朝鮮時代初期に癸未小字を新たに作ったのではなく、高麗時代の書籍院で作られ使われてきた活字が、朝鮮時代になって癸未字の小さな字体になったということになる。このことについては、書誌学界の重鎮である成均館大の千惠鳳(チョン・ヘボン)教授も最近、『韓国書誌学』の改訂版で「癸未字の小さな字体は高麗時代の書籍院で作られた活字をそのまま受け継いだものだ」とし、癸未小字についての見解を修正した。
趙館長はまた、新本が元ではなく宋の時代の版本の格式に倣って、旧本の組版のフレームを180度逆にして使った点、また旧本が皇帝などの要人が登場する場面では、文章の途中でも改行する「擡頭法(たいとうほう)」を用いて元の皇帝に敬意を表しているのに対し、新本では元を徹底的に卑下している点などが、旧本が高麗時代のものである証拠だとしている。
「三場文選」の旧本の製作年代は、元でこの本が初めて刊行された1341年から、高麗が明に科挙受験生を派遣するようになった1370年の間と推定されている。ソウル大の安秉禧(アン・ビョンヒ)名誉教授は「三場文選はフランスにある『直指心経』とは違い、韓国内に現存しているものであり、寺院ではなく高麗の国立出版機関であった書籍院で製作されたものであるため、より大きな意味を持つものだ」と評価した。
朝鮮日報
これは メッセージ 1 (ryuckel さん)への返信です.
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