憲兵政治の恐怖
投稿者: whiterose20051 投稿日時: 2006/07/11 02:05 投稿番号: [3070 / 6952]
朝鮮人の憲兵政治にたいする恐怖は、併合前の数ヵ年の日露戦争当時の
軍律にさかのぼるもので、憲兵政治はまずソウルに施行され、
後韓国全土に及んだ。
処罰n対象も、はじめは軍用電線、鉄道に害を加えた者を銃殺するという規定が、軍用営造物、武器弾薬、軍需品の盗取毀損にまでおよんだのである。
それらの事件を捜査するのが憲兵だったから、朝鮮人が憲兵をいかに恐れていたかがわかるだろう。
また軍律違反者が村内からでた場合は全村民に責任を負わせ
、「加害者を拿捕せられさる場合には」村長を首座とする村のおもだった者
を者を「笞罰又は拘留に処す」、「拘留中の
寝具及食物は本人の自弁とす」という規定であった。
もともと朝鮮憲兵隊のやった軍事警察というのは、「普通警察に対する呼称
アラスシテ治安警察を軍に於いて施行せしことを意味するもの」であるから、まえにあげた憲兵の任務は日露戦争中からずっと続いていたものである。
つぎに残酷な笞刑についてふれえおく。
これも朝鮮人にだけ適用する刑罰であった。
これなどおよそ近代法のもとでは考えられないような刑罰であろう。
この笞刑は1912年12月30日訓令第40号の笞刑執行心得によって、
受刑者を刑板にしばりつけ、受刑者の号叫が外にきこえないように、
口にしめった布をあて、臀部を露出して露出して笞でうつという、
すこぶる残虐な刑罰であった。
そしてまた、このように簡単にできる刑罰だからやたら濫用されたのである。
たとえば、綿花の栽培をやらせるときに、「郡庁に郡守をたづねてお願い致し、
栽培者を物色して呼び出し、必ず播種するように厳重に申し渡して貰ったのです。
ところが頑固でなかなか応じようとはしません。
そこで郡守はこれに笞刑を命じ、始めは軽く打たせておりましたが、依然として
承諾しないので、だんだん強く打たせ20回臀部を打たせ大部局部が赤く腫れ上がったころになりますと、いよいよ兜をぬいで播種することを承諾しました。」
これは朝鮮農会の座談会で、実見者でありまた綿花栽培を朝鮮人にやらせた
千葉喜千弥の談話であるからあきれるほかはない。
日本統治下の朝鮮 山辺健太朗
宇垣総督が天皇に述べた
朝鮮統治の次の基本方針はなかなか味わい深いものがあります。
「その二は、朝鮮人に適度にパンを与うることであります。朝鮮の富は併合
以来非常に増加していますけれども、朝鮮の富が増加している割合には朝鮮人
の富は増設致しておりません。今日なお生活苦に呻吟しておるものが相当多数
存在致しております」
朝鮮総督みずから朝鮮人の富は増加していないと天皇に説明している。
日本が併合して朝鮮人の生活が向上したなどと嫌韓サイトではいっているが
あきらかな誤りであることに間違いない。
軍律にさかのぼるもので、憲兵政治はまずソウルに施行され、
後韓国全土に及んだ。
処罰n対象も、はじめは軍用電線、鉄道に害を加えた者を銃殺するという規定が、軍用営造物、武器弾薬、軍需品の盗取毀損にまでおよんだのである。
それらの事件を捜査するのが憲兵だったから、朝鮮人が憲兵をいかに恐れていたかがわかるだろう。
また軍律違反者が村内からでた場合は全村民に責任を負わせ
、「加害者を拿捕せられさる場合には」村長を首座とする村のおもだった者
を者を「笞罰又は拘留に処す」、「拘留中の
寝具及食物は本人の自弁とす」という規定であった。
もともと朝鮮憲兵隊のやった軍事警察というのは、「普通警察に対する呼称
アラスシテ治安警察を軍に於いて施行せしことを意味するもの」であるから、まえにあげた憲兵の任務は日露戦争中からずっと続いていたものである。
つぎに残酷な笞刑についてふれえおく。
これも朝鮮人にだけ適用する刑罰であった。
これなどおよそ近代法のもとでは考えられないような刑罰であろう。
この笞刑は1912年12月30日訓令第40号の笞刑執行心得によって、
受刑者を刑板にしばりつけ、受刑者の号叫が外にきこえないように、
口にしめった布をあて、臀部を露出して露出して笞でうつという、
すこぶる残虐な刑罰であった。
そしてまた、このように簡単にできる刑罰だからやたら濫用されたのである。
たとえば、綿花の栽培をやらせるときに、「郡庁に郡守をたづねてお願い致し、
栽培者を物色して呼び出し、必ず播種するように厳重に申し渡して貰ったのです。
ところが頑固でなかなか応じようとはしません。
そこで郡守はこれに笞刑を命じ、始めは軽く打たせておりましたが、依然として
承諾しないので、だんだん強く打たせ20回臀部を打たせ大部局部が赤く腫れ上がったころになりますと、いよいよ兜をぬいで播種することを承諾しました。」
これは朝鮮農会の座談会で、実見者でありまた綿花栽培を朝鮮人にやらせた
千葉喜千弥の談話であるからあきれるほかはない。
日本統治下の朝鮮 山辺健太朗
宇垣総督が天皇に述べた
朝鮮統治の次の基本方針はなかなか味わい深いものがあります。
「その二は、朝鮮人に適度にパンを与うることであります。朝鮮の富は併合
以来非常に増加していますけれども、朝鮮の富が増加している割合には朝鮮人
の富は増設致しておりません。今日なお生活苦に呻吟しておるものが相当多数
存在致しております」
朝鮮総督みずから朝鮮人の富は増加していないと天皇に説明している。
日本が併合して朝鮮人の生活が向上したなどと嫌韓サイトではいっているが
あきらかな誤りであることに間違いない。
これは メッセージ 1 (ryuckel さん)への返信です.
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