Re: 明成皇后の殺害
投稿者: trip_in_the_night 投稿日時: 2006/06/05 22:03 投稿番号: [2846 / 6952]
>日本の朝鮮蔑視観は吉田松陰、勝海舟などにも見られますね。
>つまりこのような土壌の上で日本は当初から朝鮮支配を目的てしていました。
>朝鮮には名義上の独立を与えるためであり内政には常に干渉していました。
>何も朝鮮を支援しようとしたのではなく当初から支配、属国化を明治維新の元勲たちは考え実行したということです。
空想はやめましょう。
多くの幕末の志士は、大アジア主義、つまり欧米列強の侵略を防ぐには、アジア諸国の連帯が必要という考えにありました。
その理想論を打ち砕いたのは、李朝の怠惰と無知です。
李朝の実情を知らない勝海舟は、「そろそろ朝鮮にも西郷のような奴が現れる頃だ」と期待していた位です。
李朝の惰弱のために日本の安全保障が脅かされるようになったので、保護化、併合へ向かったというのが論理的整合性のある史実です。
日清戦争中の閣議ですら、日本は保護国化の指針を持っていません。
1895年4月17日に日清講和条約(下関条約)の第一条で、「朝鮮は自主独立の国である」と定めた意味を捻じ曲げてはいけません。
朝鮮支配を目的にしていたら、李朝への開国要求から併合まで何十年も掛ける必要はありません。
しかも併合してくれと日本に頼んだのは、経済破綻した李朝の方ですよ。
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1863年4月27日、勝海舟の『幕末日記』より、桂小五郎(後の木戸孝允)に述べた「三国同盟論」。
「今朝、桂小五郎、対馬藩大島友之允、同道にて来たる。朝鮮の議を論ず。我が策は、当今亜細亜州中、欧羅巴人に抵抗する者無し。これみな規模狭少、彼が遠大の策に及ばざるがゆえなり。今我が邦より船艦を出だし、弘く亜細亜各国の主に説き、横縦連合、共に海軍を盛大し、有無を通じ、学術を研究せずんば、彼が蹂躙を遁べからず。先ず最初、隣国朝鮮よりこれを説き、後日支那に及ばんとす。同人悉く同意」
これは メッセージ 2844 (whiterose20051 さん)への返信です.
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