Re: 明成皇后の殺害
投稿者: whiterose20051 投稿日時: 2006/06/05 19:36 投稿番号: [2844 / 6952]
>大院君と閔妃一族の争いで朝鮮が疲弊していた事に言及せず
具他的にどのような争いがその結果何がどのように疲弊していたのか
資料提示してください。
>東学党の乱が李朝政府の圧制に対する農民の反乱
背景には列強の経済進出による農民の生活苦がありそれが
外国勢力排斥を唱えるようになり地方の暴虐な官吏の粛清を求めるように
なった。
嫌韓サイトは李朝の腐敗をことさら書きたてていますが、
李朝政府は外国の進出に対しいかに独立を維持するため
色々な対応策をとっていますが、日本を初め武力を背景として
難題要求に対応できなくなって民衆の支持を失い民衆の決起がおきた
と考えます。
民衆は外国勢力の排斥を強く要求していくのです。
嫌韓サイトは近代化を図らず事大主義、中華主義から抜け出さなかった
と書きたてていますが
日本や列強が持ち込んだ近代化は朝鮮を搾取するための近代化で
そのような近代化に民衆が抵抗するのは当然です。
何も近代化が進まなかったのは文明の素晴らしさを知らなかったのではなく
もたらされた文明により一層生活が苦しくなっていったということです。
左翼であろうと右翼であろうと歴史の事実に近くずくためには関係ありません。
日本の朝鮮蔑視観は吉田松陰、勝海舟などにも見られますね。
つまりこのような土壌の上で日本は当初から朝鮮支配を目的てしていました。
朝鮮には名義上の独立を与えるためであり内政には常に干渉していました。
何も朝鮮を支援しようとしたのではなく当初から支配、属国化を明治維新
の元勲たちは考え実行したということです。
ようです。
これは メッセージ 2840 (kohshien21c さん)への返信です.
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