明からの救援
投稿者: zwerg1211 投稿日時: 2006/05/01 23:50 投稿番号: [2499 / 6952]
>君は歴史の記録を知らなさ過ぎる。
>白村江の戦いの時は百済はすでに滅びて、百済王族は唐にすでに連れて行かれた後だ。
>ただ、百済軍の残党らが一部残って、新羅軍にゲリラ戦をやっていた時だ。
>記録によると倭軍の船が1千隻、兵士二万名。
>援軍に来た唐軍の船は160隻。
>風向きが倭軍船の方に吹き、唐、新羅軍船から火の矢を放ち(火攻)
>二万の倭軍は全滅されてしまった。
>当時、海を渡る軍船一隻を作るには、
>6人の職人で半年はかかるとされるから
>1千隻といえば莫大な労働力と莫大な時間が費やされた総力戦だよ。
あなたも歴史をよくご存じないのでは
文禄の役における明軍の救援は朝鮮半島全土を日本軍が制圧し、朝鮮の王家は明に逃げており、少数の義軍だけが日本軍に抵抗している状態です。
(白村江直前と非常によく似ています。)
又明軍は大部分が騎兵からなる5万以上の兵力を朝鮮半島に送っています。騎兵のコストが歩兵のコストの数倍かかることを考えればこれも国家を揺るがす総力戦といえるでしょう。
これは メッセージ 2493 (bulgom2006 さん)への返信です.
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