>訂正
投稿者: kuuboakagi00 投稿日時: 2003/02/27 07:24 投稿番号: [225 / 6952]
北部九州・山口ー弥生人(中国大陸)
西部九州ー縄文人(北方か南方か、故郷は不明・縄文人自体が多元的である可能性も大きい)
南九州・南西諸島ー南方系縄文人(?)
単純化するとこうですかね。
九州西部は弥生時代になっても人種も文化も縄文のままであった人々がいた(長崎の山間部など)らしい。ATL(白血病)ビールスキャリアの率もこの地域は北九州とは違った分布を示すようで(新ウイルス物語・中公新書)。
紀元前4300年と結構時代的に確定されている(縄文時代早期末)南九州沖の鬼界カルデラの大爆発で、当時の九州の縄文人が全滅に「近い」打撃を受けたらしい。で、九州では縄文文化が二層になっている。
その後本州から別の縄文人が九州にやってきたし、生き残った人もいたであろう。
大正時代の桜島の爆発でも(今の桜島が半島とつながった原因)北部大分のわたしの家の屋根にも10-20センチの火山灰が積もったらしい。この爆発とは比較にならないくらい鬼界アカホヤ爆発はすごかったらしい。火砕流と水蒸気爆発、河岸を大津波がおそう。
南部にはそれから、オーストロネシア系(マレー・ポリネシア系)の南方系民族がきた可能性もある。マレー・ポリネシア系の最初の拡散の時期が紀元前3000年ころだから時期的にもあう。
これは メッセージ 224 (u26699 さん)への返信です.
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