Re: 「者」の字
投稿者: toapanlang 投稿日時: 2005/10/18 10:54 投稿番号: [1512 / 6952]
>思うに、百済の「阿シン王」(「シン」は、くさかんむりに辛の字)の「シン」の字も、「者」の字での省略と同じく、中華の「華」の字をはばかって略したものじゃないですかねえ。
なるほど。人名の同音異字表記はよくありますが、「シン」と「花」では全く違いますから、ホンキーさんのお説は説得力がありますね。
>明太祖はそんなにピリピリした男だったんですか…。
功臣粛清がえげつないです。漢の高祖の場合、韓信や彭越といった潜在的な脅威を対象にして、昔からの仲間には手をかけてません(幼馴染のロワンは疑心暗鬼を起こして逃亡しただけですから)
しかし、太祖は、誰であろうと平等に粛清する。藍玉将軍のときは3万人が犠牲になったとか言いますね。身内奴婢まで連座ですから。軍師劉伯温にも毒殺の噂がありますし。
宰相胡維慵のときは、その理由が「天象に異変があり、乱を告げたから」しかも後から、こう言いなおしました「外国と通謀し、国家転覆を図ったから」
外国?どこですか。と見れば「日本」。おい!南北朝の真っ最中やって。完全にでっち上げの理由やん!
あと、太祖は残虐な拷問処刑方法についても、発明を多く残しています。とても書けないです。
>科挙の試験問題に「維民所止」という語句があるのを見つけ、「維」と「止」は、「雍正」のアタマを刎ねたものだ、と言いがかりをつけて、出題者を処刑。(ガクガク、ブルブル…)
雍正帝は、並みの士大夫連中より学がありましたから、「満州族をなめたらあかんで」みたいに、文化的優越性を誇る士大夫連中に対しての一種のハッタリだったのかもしれません。
これは メッセージ 1511 (honkytonk_2002_x さん)への返信です.
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