これは、僕の意見ですが、
投稿者: TakohachiroRamen 投稿日時: 2001/05/23 15:27 投稿番号: [940 / 9237]
キリスト教文化を受容している西洋社会も、大和的道徳心を誇りとして持ち合わせている日本人も、道徳心の高さでは共通していると思います。(異論はあるでしょうが、この前提で話をさせていただきたいです。)でも僕はキリスト教の精神を東アジアに根付かせたいのです。それはなぜかと言いますと、キリスト教文化を受け入れるということは、現代社会に対する認識と関係があると考えているからです。
聖書の創世記に、次のような言葉があります。
神はまた言われた。「われわれの形に、われわれにかたどって人を造り、これに海の魚と、空の鳥と、家畜と、地のすべての獣と、地のすべての這うものとを治めさせよう。」
この言葉は、現代社会に非常に適応していると思います。日本人には、自然に対する信仰心のようなものがあると思います。例えば、映画「もののけ姫」に代表されるように、自然を神々しいと考える気持ちです。一面ではこの気持ちが地球環境の保護に役立っている気がします。でも現代社会は、日本人の考える自然信仰にそぐわない面も見せています。前にも申しましたが、例えばクローン人間や急激な動植物の絶滅などです。これらに対し、大和的信仰心や道徳心だけではケアしきれないのではないでしょうか?肥大してゆく人間の力を律するため、創造主という概念の認識が必要なんじゃないかと思います。つまり人は神によって生かされているという(僕はこれを謙虚さ、と受け止めました)気持ちです。
もともと道徳心の非常に強い日本人に求められていることは、さらにモラルを!ではなく、新時代に適応した認識の追加です。
これは メッセージ 926 (TakohachiroRamen さん)への返信です.
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