Re: 平等とは
投稿者: honkytonk_2002_x 投稿日時: 2006/12/05 18:28 投稿番号: [4539 / 9237]
>意地悪な視点で見ると、いくら収奪して貯蔵しても結局は腐らせるだけですし、適度に放出する必要があるんですね。(苦笑)
>江戸時代の百姓は武士に収奪されるだけで、自分たちの作った米を口にできなかった、というのは貧農史観の決め付けであり、さまざまな代償は必要なものの、最終的には米を食えた、というのと似てはいます。
ワタシ、井沢元彦の『逆説の日本史』は、とても面白いと思うけどおおむね同意は出来ないのですが、ただ、とても道理に適った記述を憶えています。
江戸時代の農民=悲惨なばかり説に対して、「しかし、江戸時代のコメの生産量は、年貢として取り立てられた量よりも明らかに多い。では残りのコメはどうなったかと言えば、人のクチに入った、としか考えようが無いのである」という部分です。
昭和初期でも、米作農家に育った人が、「コメを作っていたが、自分ら家族で食べた事は無かった」という農家も、確かに存在したでしょうけど、それとて販売していたわけですからね。
生産量がまるまる収奪量とイコールなんてことは、科学的にあり得ないですしね。
>ええ。偉い人は大盤振る舞いをしてそれこそ「徳」を施すものだし、下の者はそれにたかるのが当然の権利、というかたちですね。
朴正煕がもしそういう「両班の徳」を持っていたら、日本からせしめた経済援助金を、気前よく国民に分配してしまい、いつの間にかそのカネはパーッと消えてしまっていたでしょうね。製鉄所にも高速道路にもならずに。そして、李朝時代の生活のまんま。
善し悪しは別として、やはり朴正煕は、朝鮮史上異形の国家元首だったなと思います。
今の日本のODAも感心できませんが、本当の意味での相手のためになる「援助」とは、相手がひとり立ちして自分自身で生活できるようにしてやるまでで良いのだと思います。そして、努力したらお金が儲かるんだというやり甲斐を感じさせてやる、と。
それはしかし、カネをばらまくよりも面倒で根気が要る仕事でしょうけれども。
これは メッセージ 4538 (toaniuniu05 さん)への返信です.
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