日本の歴史教科書の歴史
投稿者: bosintang 投稿日時: 2001/04/14 01:12 投稿番号: [450 / 9237]
終戦直後、日本人は戦争・植民地支配の時代を、主として「被害体験」にそくして振り返っていた。300万人以上の戦争犠牲者、米軍による爆撃被害、戦後の食料難、飢餓を考えれば、やむをえない面がある。
50年代には「加害体験」をとりあげる教科書も登場したが、50年代半ば以降、教科書行政は近代日本のアジア侵略の実態を粉飾する傾向を強めた。
65年、家永裁判。
82年、教科書問題。
85年、ヴァイツゼッカー演説。
80年代後半以降、アジアの他者の目を意識して次第に戦争観を見直すようになり、教科書行政にも徐々に反映。
90〜92年、日韓合同歴史教科書研究会が4回にわたってシンポジウムを開催。共同研究の成果をその都度マスコミに発表すると同時に、教科書執筆者・編集者、文部省関係者にレポートを送付。
92年以降の検定では、近代日本のアジア侵略関連の記述はフリーパス状態。中学の全歴史教科書に慰安婦記述。
97年、つくる会が活動開始。
2001年、つくる会の教科書が検定に合格
結局、日韓合同歴史教科書研究会の活動が、今回の歴史教科書問題を招いたと言えるかもしれない。
これは メッセージ 449 (bosintang さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/ffc4za1a67pbaqifc3ha1aa3hc0ad2bda4nhkbava4ka4da4a4a4f_1/450.html