PA−が喜びそうな朝Pの社説
投稿者: jgeilsbandfreak 投稿日時: 2007/12/24 07:28 投稿番号: [1143 / 2559]
ミャンマー難民―受け入れの準備を急げ
ミャンマー(ビルマ)で取材中だったジャーナリスト長井健司さんが殺されて3カ月。市民デモの弾圧で国際的な非難を浴びた軍政当局は、今も事件の真相や正確な犠牲者数を明かそうとしない。
日本政府は粘り強く民主化への働きかけをしていかねばならない。同時に、長井さんの所持品の返還、日本側による現地調査を要請し続けるべきだ。
もう一つ、ミャンマー難民の受け入れで政府の対応を求めたい。軍政当局は国内の少数民族に対しても、新たに弾圧を強めているからだ。
国境のタイ側には、15万人にのぼるミャンマー難民がキャンプで暮らす。その流出は20年以上も前にさかのぼる。キャンプで生まれ、そこでの生活しか知らない子供たちが増えている。
軍政は弾圧をやめ、こうした難民たちが故郷に帰れるようにすべきだが、解決への展望はないのが現実である。
日本はデモ弾圧の後も「人道目的に絞る」としてミャンマー援助を続ける。人道をいうなら、外に逃れた難民にも支援の手を差し伸べるべきではないか。軍政の現状を容認しているわけではない、という姿勢を明確にすることにもなる。
キャンプの難民を他国が引き取るのを「第三国定住」と呼ぶ。避難先の国の負担を軽くし、責任を分かち合う。欧米の国々が積極的に動き、中南米諸国も取り組み始めた。難民に「第二の人生」への希望を与える重要な試みだ。
先に訪日した国連のグテーレス難民高等弁務官は「日本でも検討してほしい」と求めた。まずミャンマー難民を受け入れることで、この要請に応えたい。
日本は「難民受け入れに冷たい」と国際的によく批判される。81年に難民条約に入りながら、日本が昨年末まで認定した難民は、たった410人にすぎない。
だが、今回は政府に動きがある。外務、法務、厚生労働など関係省庁が検討会議をつくり、日本でも第三国定住の実現が可能かどうか論議しだした。
言葉や文化、生活習慣などの異なる国で暮らすのは大変なことだ。受け入れる側にもさまざまな準備がいる。「国際人道のため」というかけ声だけで進めれば、失敗するのは目に見えている。
まず日本語の習得の手助けがいるし、受け入れる職場や住宅を見つけなければならない。子供たちには学校の教室が日本社会の窓口になる。自治体や地元企業の協力が欠かせない。
振り返れば、日本も70年代末からベトナム、ラオス、カンボジアの難民を受け入れた経験がある。定住促進センターをつくり、延べ1万1000人余りを迎えた。でも、一時的な特例措置で終わり、フォローアップも十分ではなかった。
この教訓を生かし、政府は検討を急ぐべきだ。初めは小規模な受け入れであっても、成功させて大きく育てよう。ミャンマー難民以外にも対象を広げたい。
それが日本の国際責任である。
ヘンな理屈。
ミャンマー(ビルマ)で取材中だったジャーナリスト長井健司さんが殺されて3カ月。市民デモの弾圧で国際的な非難を浴びた軍政当局は、今も事件の真相や正確な犠牲者数を明かそうとしない。
日本政府は粘り強く民主化への働きかけをしていかねばならない。同時に、長井さんの所持品の返還、日本側による現地調査を要請し続けるべきだ。
もう一つ、ミャンマー難民の受け入れで政府の対応を求めたい。軍政当局は国内の少数民族に対しても、新たに弾圧を強めているからだ。
国境のタイ側には、15万人にのぼるミャンマー難民がキャンプで暮らす。その流出は20年以上も前にさかのぼる。キャンプで生まれ、そこでの生活しか知らない子供たちが増えている。
軍政は弾圧をやめ、こうした難民たちが故郷に帰れるようにすべきだが、解決への展望はないのが現実である。
日本はデモ弾圧の後も「人道目的に絞る」としてミャンマー援助を続ける。人道をいうなら、外に逃れた難民にも支援の手を差し伸べるべきではないか。軍政の現状を容認しているわけではない、という姿勢を明確にすることにもなる。
キャンプの難民を他国が引き取るのを「第三国定住」と呼ぶ。避難先の国の負担を軽くし、責任を分かち合う。欧米の国々が積極的に動き、中南米諸国も取り組み始めた。難民に「第二の人生」への希望を与える重要な試みだ。
先に訪日した国連のグテーレス難民高等弁務官は「日本でも検討してほしい」と求めた。まずミャンマー難民を受け入れることで、この要請に応えたい。
日本は「難民受け入れに冷たい」と国際的によく批判される。81年に難民条約に入りながら、日本が昨年末まで認定した難民は、たった410人にすぎない。
だが、今回は政府に動きがある。外務、法務、厚生労働など関係省庁が検討会議をつくり、日本でも第三国定住の実現が可能かどうか論議しだした。
言葉や文化、生活習慣などの異なる国で暮らすのは大変なことだ。受け入れる側にもさまざまな準備がいる。「国際人道のため」というかけ声だけで進めれば、失敗するのは目に見えている。
まず日本語の習得の手助けがいるし、受け入れる職場や住宅を見つけなければならない。子供たちには学校の教室が日本社会の窓口になる。自治体や地元企業の協力が欠かせない。
振り返れば、日本も70年代末からベトナム、ラオス、カンボジアの難民を受け入れた経験がある。定住促進センターをつくり、延べ1万1000人余りを迎えた。でも、一時的な特例措置で終わり、フォローアップも十分ではなかった。
この教訓を生かし、政府は検討を急ぐべきだ。初めは小規模な受け入れであっても、成功させて大きく育てよう。ミャンマー難民以外にも対象を広げたい。
それが日本の国際責任である。
ヘンな理屈。
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