本に親しめない土壌、、
投稿者: tsumi7 投稿日時: 2011/09/25 01:39 投稿番号: [1006 / 1457]
<1000番 おめでとうございます。
ありがとうございます。笑
おめでとうございます。
そうですね、、私の率直な考えを述べさせてもらうと、
まず、本を読む、本に親しむ、という土壌では、日本のほうがましな気が
します。まず、こちらでは自国の文学や、世界文学に親しむ高校生、
大学生というのがほとんどいないような気がするのです。
実際にそのような話をきいたような覚えが、、
あと、学生のとき、先生が、プルーストの作品について学生に質問したことがあるのですが、だれも答えられず、私が「失われた時間を探して」と
答えたことがあり、内心、これだけ学生がいるのにだれも答えられないんだ、と少し驚いたこともあります、、
昔は本を読む学生がまだいたような、、
年々激しくなる受験戦争、就職戦争の中で学生はほとんど本を読む時間も余裕もない、と思います。
また、携帯電話の普及により、それがもっと進んだのではないかと思います。携帯電話で本をダウンロードして読むという人もいるかもしれませんが、なんというかいないような気が、、いやでも目に入ってくるですが、
(スマートフォンになってから画面も大きいということもあり)
本らしきものを読んでいる人は一人もみたことがないような、、
プラス、以前は本を読んでいる人も多かったのに、明らかに減りましたね。
昔は大学生なんかが、こちらの大学生なら読むべきだとされている?
(そのような話を聞いたことがあるような?)「太白山脈」などの
本もこの数年手にして読んでいる学生さんも見たことないですし、、
年々、このような傾向が進んでいると思います。
青少年時代に文学作品を読む、というのはけっこう重要なことじゃないかと
個人的には思ってます、、が、そんなこといったら、こちらの親御さんたちは私のことを鼻でわらったり、あんたがうちの子が大学は入れんかったら
責任取るのか、と言うでしょう。実際そんなこといえる状況じゃないです。
大学入るために必死で勉強、24時間あっても足りないのに、
本どころではないでしょう。大学はいってもそれは同じことだと思います。
本を読む時間も、心の余裕もないと思います。それだけではなく、
生活そのものも、なにか読書、という世界からは遠いような気がするんです。韓国の人が「比較好き」であり、「いつも人からどう見られているか」が、気になる社会であるということはみなさまもご存知だと思いますが、
その結果、私から見ると、なんというか「浅い」感じがしてしまいます、、
人のことはそう断言できません、、が、社会が、なんとなく浅い、という
風には感じます、、だって、「見た目」重視すぎるところとか、
人に馬鹿にされたくないから〜をする、とか、いつも比較ばっかりとか、、
なんというか、あなた達、疲れませんか、、といいたくなるのです。
激しい受験戦争、激しい就職戦争、人からどう見られるかが第一で、
そればかり気にしている、精神風土、、などなど、、
読書、本の世界からは遠くないですか、、
ですから私はまだ日本のほうが読書に親しむ土壌がある、と
考えるのです。
悲しいことです、、
ありがとうございます。笑
おめでとうございます。
そうですね、、私の率直な考えを述べさせてもらうと、
まず、本を読む、本に親しむ、という土壌では、日本のほうがましな気が
します。まず、こちらでは自国の文学や、世界文学に親しむ高校生、
大学生というのがほとんどいないような気がするのです。
実際にそのような話をきいたような覚えが、、
あと、学生のとき、先生が、プルーストの作品について学生に質問したことがあるのですが、だれも答えられず、私が「失われた時間を探して」と
答えたことがあり、内心、これだけ学生がいるのにだれも答えられないんだ、と少し驚いたこともあります、、
昔は本を読む学生がまだいたような、、
年々激しくなる受験戦争、就職戦争の中で学生はほとんど本を読む時間も余裕もない、と思います。
また、携帯電話の普及により、それがもっと進んだのではないかと思います。携帯電話で本をダウンロードして読むという人もいるかもしれませんが、なんというかいないような気が、、いやでも目に入ってくるですが、
(スマートフォンになってから画面も大きいということもあり)
本らしきものを読んでいる人は一人もみたことがないような、、
プラス、以前は本を読んでいる人も多かったのに、明らかに減りましたね。
昔は大学生なんかが、こちらの大学生なら読むべきだとされている?
(そのような話を聞いたことがあるような?)「太白山脈」などの
本もこの数年手にして読んでいる学生さんも見たことないですし、、
年々、このような傾向が進んでいると思います。
青少年時代に文学作品を読む、というのはけっこう重要なことじゃないかと
個人的には思ってます、、が、そんなこといったら、こちらの親御さんたちは私のことを鼻でわらったり、あんたがうちの子が大学は入れんかったら
責任取るのか、と言うでしょう。実際そんなこといえる状況じゃないです。
大学入るために必死で勉強、24時間あっても足りないのに、
本どころではないでしょう。大学はいってもそれは同じことだと思います。
本を読む時間も、心の余裕もないと思います。それだけではなく、
生活そのものも、なにか読書、という世界からは遠いような気がするんです。韓国の人が「比較好き」であり、「いつも人からどう見られているか」が、気になる社会であるということはみなさまもご存知だと思いますが、
その結果、私から見ると、なんというか「浅い」感じがしてしまいます、、
人のことはそう断言できません、、が、社会が、なんとなく浅い、という
風には感じます、、だって、「見た目」重視すぎるところとか、
人に馬鹿にされたくないから〜をする、とか、いつも比較ばっかりとか、、
なんというか、あなた達、疲れませんか、、といいたくなるのです。
激しい受験戦争、激しい就職戦争、人からどう見られるかが第一で、
そればかり気にしている、精神風土、、などなど、、
読書、本の世界からは遠くないですか、、
ですから私はまだ日本のほうが読書に親しむ土壌がある、と
考えるのです。
悲しいことです、、
これは メッセージ 1003 (cyber_assassinat_x さん)への返信です.
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