関東大震災85周年追悼シンポジウム1
投稿者: jgeilsbandfreak 投稿日時: 2008/08/23 18:26 投稿番号: [7876 / 10735]
東京で関東大震災85周年追悼シンポジウム
朝鮮人虐殺の真相調査を
「事件を隠ぺい、わい曲してはならない」 日本政府に強く求める
関東大震災85周年「朝鮮人犠牲者追悼シンポジウム−事件の真相究明と被害者の名誉回復を求めて」が同シンポ実行委の主催で9日、東京・神田のYMCAで開かれ、約300人が参加した。
シンポではまず、虐殺された数千人の犠牲者を追悼して黙祷が行われた後、松尾章一・同実行委員長(法政大名誉教授)が開会のあいさつを述べ、次のように指摘した。
「関東大震災でいわれなくして虐殺された数千人−虐殺された人々の数を確定できないことの責任は、被害者の側にあるのではないことを、私たちは決して忘れてはならない−のぼる朝鮮人とその遺家族たちの名誉回復をぜひとも実現させなければならない。そのためにはまず第一に、日本政府がこれらの朝鮮人被害者に対して真摯に謝罪し、二度とこのようなことを繰り返さないため、真相を隠ぺい・わい曲するのではなく、明らかにすべきだ」
続いて、4人のパネラーが五つのテーマで報告を行った。
まず、南の徐紘一・ハンシン大学教授が「3.1運動とその後の植民地統治の実相」と題して報告した。
同教授は、日帝植民地支配下の35年間、どの被圧迫民族よりも粘り強く民族解放闘争を展開したが、中でも3.1運動は全民族的な運動であったと指摘、「朝鮮民族が日本の統治を喜んで受けている」と主張してきた日帝の宣伝が嘘であったことを一気に暴露したとその意義を強調した。
さらに、関東大震災が発生し、日帝が朝鮮人を集団虐殺したのは、3.1運動とその後の民族解放運動の大きな発展を目の当たりにして「朝鮮人を虐殺することなくして植民地統治を引き続き維持することは不可能」との判断からであったと考えられると述べた。
続いて山田昭次・立教大学名誉教授が「朝鮮人虐殺事件の歴史的意味」について語った。
同教授は、この虐殺事件は、朝鮮人虐殺とともに、生誕したばかりの日本人と朝鮮人の連帯に対する攻撃・迫害という意味を持っていたと述べ、この事件の前夜に当たる1923年のメーデーに際しての在日朝鮮人・日本人社会主義者に対する警視庁の大弾圧に引き続くものであったとの見方を示した。その結果、日本人社会主義者は朝鮮人との連帯をすべて放棄したのではないが、しかし、自警団に加入せざるをえない苦境に追い込まれた、と述べた。
この茶番、最後に言いたいことがあるんで2までお付き合いを。
「事件を隠ぺい、わい曲してはならない」 日本政府に強く求める
関東大震災85周年「朝鮮人犠牲者追悼シンポジウム−事件の真相究明と被害者の名誉回復を求めて」が同シンポ実行委の主催で9日、東京・神田のYMCAで開かれ、約300人が参加した。
シンポではまず、虐殺された数千人の犠牲者を追悼して黙祷が行われた後、松尾章一・同実行委員長(法政大名誉教授)が開会のあいさつを述べ、次のように指摘した。
「関東大震災でいわれなくして虐殺された数千人−虐殺された人々の数を確定できないことの責任は、被害者の側にあるのではないことを、私たちは決して忘れてはならない−のぼる朝鮮人とその遺家族たちの名誉回復をぜひとも実現させなければならない。そのためにはまず第一に、日本政府がこれらの朝鮮人被害者に対して真摯に謝罪し、二度とこのようなことを繰り返さないため、真相を隠ぺい・わい曲するのではなく、明らかにすべきだ」
続いて、4人のパネラーが五つのテーマで報告を行った。
まず、南の徐紘一・ハンシン大学教授が「3.1運動とその後の植民地統治の実相」と題して報告した。
同教授は、日帝植民地支配下の35年間、どの被圧迫民族よりも粘り強く民族解放闘争を展開したが、中でも3.1運動は全民族的な運動であったと指摘、「朝鮮民族が日本の統治を喜んで受けている」と主張してきた日帝の宣伝が嘘であったことを一気に暴露したとその意義を強調した。
さらに、関東大震災が発生し、日帝が朝鮮人を集団虐殺したのは、3.1運動とその後の民族解放運動の大きな発展を目の当たりにして「朝鮮人を虐殺することなくして植民地統治を引き続き維持することは不可能」との判断からであったと考えられると述べた。
続いて山田昭次・立教大学名誉教授が「朝鮮人虐殺事件の歴史的意味」について語った。
同教授は、この虐殺事件は、朝鮮人虐殺とともに、生誕したばかりの日本人と朝鮮人の連帯に対する攻撃・迫害という意味を持っていたと述べ、この事件の前夜に当たる1923年のメーデーに際しての在日朝鮮人・日本人社会主義者に対する警視庁の大弾圧に引き続くものであったとの見方を示した。その結果、日本人社会主義者は朝鮮人との連帯をすべて放棄したのではないが、しかし、自警団に加入せざるをえない苦境に追い込まれた、と述べた。
この茶番、最後に言いたいことがあるんで2までお付き合いを。
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