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日弁連に人権救済申立 2

投稿者: jgeilsbandfreak 投稿日時: 2008/04/28 20:37 投稿番号: [7514 / 10735]
民族性取り戻すため

  当時、東京朝聯第3初等学園で教鞭をとっていた鄭求一氏は、「奪われた民族性を取り戻そうと、子どもたちに朝鮮の文字と言葉を教えようという父母たちの素朴な気持ちから始まったのが民族教育。当時は倉庫や工場で民族教育を行っていた」と述べた。

  鄭氏は、第3初等学園が「学校閉鎖令」により1949年12月から一時的に都立学校となった当時を振り返りながら、「民族科目を課外科目にしたり、朝鮮人教員は公務員になれないので給料を少ししかくれなかったりと、いいことなど一つもなかった。そんな中でも私たちはたたかって民族教育を守り抜いた」と語った。

  金昌孝氏は、「大阪では、同胞が多く住んでいる地域のほとんどの子どもが朝鮮学校に通っていた。私も朝聯東成初等学園に通っていたが、学校が閉鎖されたので行けなくなった。当時はまだ幼かったので具体的には知らないが、きっと日本学校に行かない運動があったようだ。それで私も友達と一緒にしばらくの間、朝聯支部事務所の2階で勉強していた記憶がある」と語った。

  また、「朝鮮学校に通えなかったため、私は『日本人になる教育』、言い換えれば朝鮮人として思想感情的、情緒的にゆがんだ精神構造を持たされる教育を受けることになった」と述べながら、「朝・日間の問題が解決されるとき、金銭的な賠償は決心さえすればすぐにできる。しかし、私たちの世代の心の問題は簡単には解決できない。日本当局は私たちの心の問題まで考えなければならない」と強調した。

  朝青東京・豊島支部総務部長を務める李智香氏は、「ハラボジから4.24教育闘争当時の話をたくさん聞いた。ハラボジは話を聞かせてくれるたびに、自分たちの力でようやく建てた学校を奪われるのが悔しかった、絶対に許せなかったと言う。私は幼稚班から中級部まで4.24の魂が息づいている尼崎朝鮮初中級学校で学んだ。4.24教育闘争は過去の話ではなく、民族教育が置かれた現況につながっているもので、絶対に忘れてはならない」と力強く語った。(李松鶴記者)   [朝鮮新報 2008.4.28]


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