朝鮮民族

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神戸製鋼は補償汁!2−2

投稿者: jgeilsbandfreak 投稿日時: 2008/03/22 09:25 投稿番号: [7198 / 10735]
  日帝は拉致、連行した朝鮮青壮年を強制収容所に閉じ込め、奴隷的規律を適用し、過酷な労働と労働時間を強要した。
  洪燦禎さんは「神戸製鋼に着いた私たちはバラックの飯場に押し込められた。私たちの隊列・生活を監視、統制したのは中村という日本軍の伍長であった。翌日、中村は朝早く全員を起こし、食事を急がせて製鋼所に連行した。
  私は製鋼所で炉まわり工として働いたが、熱い炉の前で一日14〜16時間働かされた。日本人は少しでも怠けたり自分の気に食わないとやたら暴行を働いた。2年余りの間、このような奴隷生活が毎日繰り返された」と証言した。
  彼は、神戸製鋼での強制労働期間に休日は一切なく、外出は徹底的に禁止され、賃金は一度も手にすることができなかったと述べ、一日の食事も一握りの豆飯や米ぬかのコッペパン、豆がらに何切れかのたくあんだけであったと証言した。
  また、金星浩さんの証言によると、日帝は神戸製鋼に連行した朝鮮青年を毎日、2交代制で危険な作業につかせ、朝鮮人は何の労働保護対策もない苦役場で酷使され、各種の事故や拷問、米軍の空襲などにより死ぬのが日常茶飯事であった。
  洪燦禎さんは、「ある日、私は朝鮮人に嫌がらせをする中村伍長を殴ったことで憲兵隊の監獄に連行されて8カ月間、酷い拷問を受けた。
  拷問で死んだ同僚も多くいたが、どこにもこのような事実は明らかにされていない」と語った。
  金星浩さんの証言によると、日帝の敗北直前に自分とともに働いていた25人の同僚が日本海軍に「徴兵」され、沖縄戦で全員が死亡したという。
  また、1945年に入り、神戸地区に対する米軍の大空襲により多くの朝鮮人が犠牲となり、日帝が敗北した時には故郷から一緒に強制連行された100人のうち50人しか生き残っていなかったという。
  以上の証言と調査過程を通じて、当時の朝鮮人強制連行および強制労働犯罪に日本の軍部が深く関与していたということ、そして、太平洋戦争末期に行われた日帝の朝鮮人強制連行犯罪の特徴を見い出すことができた。
  それは第1に、1938年の「国家総動員法」公布以後、日帝が朝鮮人をもっとも多く強制連行した所が主に、鉱山、炭鉱であったが、太平洋戦争末期には日本本土における「決戦」を控えて、国内の軍事基地建設場と軍需品製造工場に集中的に連行したこと、第2に、日帝が朝鮮を軍事的に占領した当初には主に南半部の朝鮮人を強制徴発したが、太平洋戦争末期には北半部地域を中心に多数拉致、連行したこと、第3に、強制連行された人々が人間以下の奴隷労働の過程に各種の事故と拷問、栄養失調と疾病、米軍の空襲などで無念の死を強いられ、朝鮮人被害者の遺骨が日本の地に放置されたことである。

というわけで(どんなわけだ?)3に続きます。
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