貧困乗り越え夢実現
投稿者: jgeilsbandfreak 投稿日時: 2008/02/25 11:38 投稿番号: [6819 / 10735]
李明博氏
貧困乗り越え夢実現
経済手腕に国民期待
2008.2.25 11:08
「やればできるという自信を持ち、国の雰囲気を変えれば、どんな困難も克服できる」。幼いころに日本から両親と引き揚げ、朝鮮戦争(1950−53年)で姉と弟を亡くし、貧困の中から大手財閥企業、現代建設の社長、会長に上り詰めた。「夢」を次々実現する実行力と経済手腕に国民の熱い期待がかかる。
大統領当選後も「国民のため懸命に仕事をする」との約束通り、午前7時半までには出勤。土日曜の区別なく仕事をこなし、朝の幹部会議は朝食を取りながら行うスタイルを貫いた。
対立政党から「強引」「急ぎすぎ」と攻撃されると、ソウル市長時代に市幹部の猛反対を押し切って都心に清流「清渓川」を復元させた成功例を挙げて反論した。
日本の植民地時代の41年、7人きょうだいの5番目として大阪府で生まれ、韓国南東部の浦項で育った。少年時代はマッチやのり巻きを売り歩き、苦学して名門高麗大を卒業。日韓国交正常化反対デモで投獄されたこともある。
経済界から政界入りした後の道も平坦(へいたん)ではなく、92年に国会議員に初当選したが、2期目に選挙違反で辞職。2002年にソウル市長として政界復帰を果たした。
「コンピューター付きブルドーザー」(コムドーザー)の異名を取るが、苦労して亡くなった母親への思いは人一倍強い。金潤玉夫人(60)との間に1男3女。66歳。(共同)
■李明博大統領 1941年12月19日、日本の大阪府生まれ、66歳。戦後、韓国・慶尚北道の浦項に引き上げた。小学校時代から菓子を売るなどして苦学しながら夜間の商業高校を首席で出、高麗大商学部を卒業し、当時、零細企業だった現代建設に入社する。同社ではブルドーザーと呼ばれる働きぶりで現代グループの創設者・故鄭周永会長に認められ、36歳で社長にまで上り詰めた話は韓国の「サラリーマン神話」となっている。
1992年に政界に転じ、98年に不明資金問題で議員辞職したこともあるが、その後2002年にソウル市長となり、行政手腕を発揮。下水になっていたソウル市内を流れる川、清渓川(チヨンゲチヨン)を復元して観光名所にしたほか、交通網の整備などで市民から高い評価を受けた。
大統領選出馬では「大統領として5年間ほんとうに死ぬほど仕事がしたい」などと語り、「CEO(最高経営責任者)型大統領」をアピール、昨年12月の大統領選挙では対抗馬に500万票以上の大差を付けて圧勝した。金潤玉夫人との間に1男3女。兄の李相得氏もハンナラ党議員で国会副議長。(ソウル 久保田るり子)
在日諸君、君等も国へ帰れば大統領になれるかもよ。
みんなで帰ろう!
2008.2.25 11:08
「やればできるという自信を持ち、国の雰囲気を変えれば、どんな困難も克服できる」。幼いころに日本から両親と引き揚げ、朝鮮戦争(1950−53年)で姉と弟を亡くし、貧困の中から大手財閥企業、現代建設の社長、会長に上り詰めた。「夢」を次々実現する実行力と経済手腕に国民の熱い期待がかかる。
大統領当選後も「国民のため懸命に仕事をする」との約束通り、午前7時半までには出勤。土日曜の区別なく仕事をこなし、朝の幹部会議は朝食を取りながら行うスタイルを貫いた。
対立政党から「強引」「急ぎすぎ」と攻撃されると、ソウル市長時代に市幹部の猛反対を押し切って都心に清流「清渓川」を復元させた成功例を挙げて反論した。
日本の植民地時代の41年、7人きょうだいの5番目として大阪府で生まれ、韓国南東部の浦項で育った。少年時代はマッチやのり巻きを売り歩き、苦学して名門高麗大を卒業。日韓国交正常化反対デモで投獄されたこともある。
経済界から政界入りした後の道も平坦(へいたん)ではなく、92年に国会議員に初当選したが、2期目に選挙違反で辞職。2002年にソウル市長として政界復帰を果たした。
「コンピューター付きブルドーザー」(コムドーザー)の異名を取るが、苦労して亡くなった母親への思いは人一倍強い。金潤玉夫人(60)との間に1男3女。66歳。(共同)
■李明博大統領 1941年12月19日、日本の大阪府生まれ、66歳。戦後、韓国・慶尚北道の浦項に引き上げた。小学校時代から菓子を売るなどして苦学しながら夜間の商業高校を首席で出、高麗大商学部を卒業し、当時、零細企業だった現代建設に入社する。同社ではブルドーザーと呼ばれる働きぶりで現代グループの創設者・故鄭周永会長に認められ、36歳で社長にまで上り詰めた話は韓国の「サラリーマン神話」となっている。
1992年に政界に転じ、98年に不明資金問題で議員辞職したこともあるが、その後2002年にソウル市長となり、行政手腕を発揮。下水になっていたソウル市内を流れる川、清渓川(チヨンゲチヨン)を復元して観光名所にしたほか、交通網の整備などで市民から高い評価を受けた。
大統領選出馬では「大統領として5年間ほんとうに死ぬほど仕事がしたい」などと語り、「CEO(最高経営責任者)型大統領」をアピール、昨年12月の大統領選挙では対抗馬に500万票以上の大差を付けて圧勝した。金潤玉夫人との間に1男3女。兄の李相得氏もハンナラ党議員で国会副議長。(ソウル 久保田るり子)
在日諸君、君等も国へ帰れば大統領になれるかもよ。
みんなで帰ろう!
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