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中日、聖徳太子への認識の啓蒙開始2

投稿者: jgeilsbandfreak 投稿日時: 2008/02/10 18:38 投稿番号: [6605 / 10735]
  国語・国文学、美術・建築史、宗教史からも実在は次々に否定され、史実として認められるのは、用明天皇の実子または親族に厩戸(うまやど)王が実在し、斑鳩宮に居住して斑鳩寺(法隆寺)を建てたことぐらい。聖徳太子が日本書紀によって創作され、後世に捏造(ねつぞう)が加えられたとの結論が学界の大勢になりました。

  太子像が創作・捏造となると、誰が何のために、その源となった日本書紀とは何かが、古代社会解明の焦点になるのは必然。そのいずれにも重大な役割を果たしたのが持統天皇側近の藤原不比等というのが大山教授の説くところ。長屋王や唐留学帰りの僧・道慈が関与、多くの渡来人が動員されたというのです。

  日本書紀は養老四(七二〇)年完成の最古の正史で、その編纂(へんさん)過程に律令(りつりょう)体制の中央集権国家が形成されました。隋・唐の統一と東アジアの大動乱、それによる大化の改新や壬申の乱を経て、古代社会の「倭(わ)の大王」は「日本の天皇」へ変わったとされます。

  大変革の時代の日本書紀の任務は誕生した天皇の歴史的正統性と権威の構築です。それが、高天原−天孫降臨−神武天皇−現天皇と連なる万世一系の思想と論理、中国皇帝にも比肩できる聖天子・聖徳太子の権威の創作、書紀は政治的意図が込められた歴史書でした。

  大山教授の指摘や論考は、歴史学者として踏み込んだものですが、隋書倭国伝との比較などから「用明、崇峻、推古の三人は大王(天皇)でなかったのではないか」「大王位にあったのは蘇我馬子」などの考も示しています。「日本書紀の虚構を指摘するだけでは歴史学に値せず、真実を提示する責任」(「日本書紀の構想」)からで、日本書紀との対決と挑戦が期待されます。

  千年を超えた執念
  日本書紀が展開した思想と論理は千三百年の現実を生き現代に引き継がれました。憲法と皇室典範は「皇位は世襲」で「皇統に属する男系の男子がこれを継承する」と定めています。

  しかし、万世一系は子孫を皇位にと願う持統天皇のあくなき執念と藤原不比等の構想によって成り、その父系原理も日本古来のものとはいえないようです。建国記念の日に永遠であるかのような日本の原理の由来と未来を探ってみるのも。

  ※●は繍の旧字

だから何なんだ?
中日新聞さん?
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