台湾の戦後
投稿者: jgeilsbandfreak 投稿日時: 2008/02/01 19:11 投稿番号: [6460 / 10735]
高雄
先住民族の意思尊重
2008年2月1日
“国父”孫文の号に由来する中山や、その三民主義ゆかりの民族、民権、民生、蒋介石元総統にちなむ中正…。あちこちの街で同じ地名を目にするたびに、台湾の戦後史を思う。
南部の高雄県にも「三民郷」があった。郷の人口は約三千五百人、七割がブヌン(布農)族で、次いでツォウ(鄒)族、そのほかアタヤル(泰雅)族、パイワン(排湾)族が住み、漢民族は少数なのにこの名前。
それが郷議会の議決を経て今年から「那瑪夏(ナマシア)郷」となった。那瑪夏はツォウ語で地元を流れる川を指し、ブヌン語では「明日はさらに良くなる」という意味がある。地名が先住民族の言葉に改められた台湾初の例という。
同様な他の地域へも広がるだろうと、関係者。国連総会は昨秋、ようやく先住民族の権利宣言を採択したが、国連加盟の道が閉ざされている台湾では、宣言の精神は着々と実行に移されている。
ところで、高金素梅はどうした?
これは メッセージ 6458 (jgeilsbandfreak さん)への返信です.
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