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日本統治の遺構

投稿者: jgeilsbandfreak 投稿日時: 2008/01/12 16:42 投稿番号: [6193 / 10735]
支配の名残に揺れる   日本統治の遺構   開発と保存
2008年01月08日

  ここを訪れる日本人はタイムスリップした感覚に襲われるはずだ。

  韓国南西部・全羅道の港町、群山市。市中心部には日本の植民地支配時に建てられた日本家屋200戸近くが、今も軒を連ねる。その多くが長屋だ。黒ずんだ木目の壁に、格子や欄干がかかった窓。ハングルの表札や看板がなければ、昭和初めの日本に迷い込んだような気分になる。これだけの日本家屋がまとまって残るのは、韓国でも群山だけだ。

  しかし、周りを見渡すと現代的な高層マンションがそびえ、再開発の波が押し寄せている。

  瓦屋根の平屋建て長屋から40代の男性が出てきた。「ここは日本が半島から米を奪うために作った収奪の街、長屋は日帝の名残だ。残ったのは年寄りばかりだし、みんな補償金をもらって最新のマンションに住みたいと思ってるよ」

  群山の長屋は人の手で保存されてきたのではない。国から捨てられたために残ってしまったのだ。

  群山は1899年の開港後、背後に広がる平野で取れる米を日本に輸出する前線基地として発展した。1910年代は約7000人の人口の半分が日本人で、多くの日本家屋が建てられた。

  解放後、60年代から80年代を通じて韓国は急成長を遂げた。だが、歴代政権は長く南東部・慶尚道を政治的基盤としたため、歴史的に対立してきた全羅道は徹底的に疎外された。日本家屋は「敵産家屋」と呼ばれる植民地支配の象徴だが、開発から漏れ、主に低所得者たちが住んだ。

  今、そんな長屋を保存しようという動きが活発化している。円光大学の李庚賛教授(都市工学)は市職員らを現地調査に連れだし、保存の必要性を訴え続けてきた。かつてここで暮らした日本人が再訪する例を挙げ、「観光資源として、また韓日の人たちが歴史を学ぶ場として活用しなければ」と話す。群山の街並みを利用した映画撮影が増えていることもあり、主力産業がない市は、見向きもしなかった長屋に経済価値を見いだした。07年3月、日本家屋などの保存を支援する条例を制定した。

  しかし、市民の視線は冷めている。条例では日本家屋の改修や補修にかかる費用の3割を、1000万ウォン(約115万円)を上限に市が補助するが、「今のところ申請は1件もない」(市都市計画課)。市民が望むのは、これまで手にできなかった開発による恩恵だ。

  李教授は「市民には日本支配の残留物という意識がまだ残る」と話す。市側も「住民の同意を得て街全体を保存するのは難しい」と悩む。

  長く国と時代から取り残された長屋は、皮肉にも保存活動によって、再び時を止めかねないジレンマに陥っている。(群山=神谷毅)

>見向きもしなかった長屋に経済価値を見いだした。

どういう価値だ?
金には結びつきそうにないが?
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