(ここで改めて)金大中国会演説1
投稿者: jgeilsbandfreek 投稿日時: 2007/11/01 07:18 投稿番号: [5324 / 10735]
金大中大統領が八日、参議院本会議場で行った国会演説は次の通り。
◆尊い民主主義を守り抜く
尊敬する斎藤十朗参議院議長閣下、伊藤宗一郎衆議院議長閣下、並びに衆参両院の議員の皆様。
私は本日、日本の民主主義の本山であり、由緒深い歴史の現場である、ここ国会議事堂の壇上に立つことができましたのを、この上ない光栄に存じます。
二十五年前の東京拉致(らち)事件と、一九八〇年の死刑宣告をはじめとする民主化闘争の過程で、生命を失いかけた私が、今、大韓民国の大統領としてこの席に臨んでみますと、感慨無量な心情を禁じ得ません。
私は、私の生命と安全を守って下さるため、長い期間にわたって努力を惜しまれなかった日本国民と言論、そして日本政府のご恩を、決して忘れることができません。
本日、このように、日本国民を代表される議員の皆様に、感謝の意を表する機会を得まして、私は長年の宿願をかなえたようで、この上ない喜びに浸っております。日本国民の皆様に厚くお礼を申しあげます。
私は、ここ半世紀間の政治生活中、五度も死の峠を越えました。六年間を獄中で送り、十年以上も自宅軟禁と亡命生活を強いられました。私は暴力をほしいままにした軍事独裁と、命を賭けて闘いながら、人権と平和の尊厳さを悟りました。
奇跡は、奇跡的に訪れるものではありません。韓国の民主化、特に韓国憲政史上初の平和的政権交代は、韓国国民の血と汗によって実現した奇跡であります。わが国民と私は、このようにして手に入れた尊い民主主義を、揺るぎなく守り抜く考えであります。
◆過去正しく認識、道徳的勇気を
尊敬する両院議長、議員皆様。
日本は興亡盛衰の近代史を経て、今や世界の中心国家として確固たる位置を占めています。
日本は、明治維新で独自の近代化に成功し、西欧の文物を受容して大きな発展を遂げました。しかしながら、当時の日本は帝国主義と戦争の道を選択することにより、日本国民はもとより、韓国を含めたアジア諸国の国民に大きな犠牲と苦痛を与えました。
しかし、第二次世界大戦後、日本は変わりました。日本国民は汗と涙を流して、議会民主主義の発展と共に、世界が驚く経済成長を遂げました。そしてついに世界第二位の経済大国となった日本は、アジア各国の国民に、無限の可能性と希望の道標を示したのであります。
今の日本は、発展途上国に対する世界最大の経済援助国として、自国の経済力にふさわしい国際的役割を、忠実に履行しています。また、人類史上初めて、原爆の被害を体験した日本国民は、常に平和憲法を守り、非核平和主義の原則を固守してこられました。
かくごとく、戦前の日本と戦後の日本は、実に克明な対照をなしています。私は、戦後の日本国民と指導者たちが注いだ、血のにじむような努力に、深い敬意を表する次第であります。
しかしながら、わが韓国を含むアジア各国には、今も日本に対する疑懼(ぎく)と憂慮を捨てきれない人々が大勢います。その理由は、日本自ら過去を正しく認識し、謙虚に反省する決断が足りないと考えているからであります。
こうした疑念と不信が存在しているということは、日本のためにもアジア各国のためにも、大変不幸なことであると言わざるをえません。反面私は、過去を正しく認識し反省する、道徳的勇気のある、数多くの日本の民主市民がいるということも、よく知っています。
2に続きます。
◆尊い民主主義を守り抜く
尊敬する斎藤十朗参議院議長閣下、伊藤宗一郎衆議院議長閣下、並びに衆参両院の議員の皆様。
私は本日、日本の民主主義の本山であり、由緒深い歴史の現場である、ここ国会議事堂の壇上に立つことができましたのを、この上ない光栄に存じます。
二十五年前の東京拉致(らち)事件と、一九八〇年の死刑宣告をはじめとする民主化闘争の過程で、生命を失いかけた私が、今、大韓民国の大統領としてこの席に臨んでみますと、感慨無量な心情を禁じ得ません。
私は、私の生命と安全を守って下さるため、長い期間にわたって努力を惜しまれなかった日本国民と言論、そして日本政府のご恩を、決して忘れることができません。
本日、このように、日本国民を代表される議員の皆様に、感謝の意を表する機会を得まして、私は長年の宿願をかなえたようで、この上ない喜びに浸っております。日本国民の皆様に厚くお礼を申しあげます。
私は、ここ半世紀間の政治生活中、五度も死の峠を越えました。六年間を獄中で送り、十年以上も自宅軟禁と亡命生活を強いられました。私は暴力をほしいままにした軍事独裁と、命を賭けて闘いながら、人権と平和の尊厳さを悟りました。
奇跡は、奇跡的に訪れるものではありません。韓国の民主化、特に韓国憲政史上初の平和的政権交代は、韓国国民の血と汗によって実現した奇跡であります。わが国民と私は、このようにして手に入れた尊い民主主義を、揺るぎなく守り抜く考えであります。
◆過去正しく認識、道徳的勇気を
尊敬する両院議長、議員皆様。
日本は興亡盛衰の近代史を経て、今や世界の中心国家として確固たる位置を占めています。
日本は、明治維新で独自の近代化に成功し、西欧の文物を受容して大きな発展を遂げました。しかしながら、当時の日本は帝国主義と戦争の道を選択することにより、日本国民はもとより、韓国を含めたアジア諸国の国民に大きな犠牲と苦痛を与えました。
しかし、第二次世界大戦後、日本は変わりました。日本国民は汗と涙を流して、議会民主主義の発展と共に、世界が驚く経済成長を遂げました。そしてついに世界第二位の経済大国となった日本は、アジア各国の国民に、無限の可能性と希望の道標を示したのであります。
今の日本は、発展途上国に対する世界最大の経済援助国として、自国の経済力にふさわしい国際的役割を、忠実に履行しています。また、人類史上初めて、原爆の被害を体験した日本国民は、常に平和憲法を守り、非核平和主義の原則を固守してこられました。
かくごとく、戦前の日本と戦後の日本は、実に克明な対照をなしています。私は、戦後の日本国民と指導者たちが注いだ、血のにじむような努力に、深い敬意を表する次第であります。
しかしながら、わが韓国を含むアジア各国には、今も日本に対する疑懼(ぎく)と憂慮を捨てきれない人々が大勢います。その理由は、日本自ら過去を正しく認識し、謙虚に反省する決断が足りないと考えているからであります。
こうした疑念と不信が存在しているということは、日本のためにもアジア各国のためにも、大変不幸なことであると言わざるをえません。反面私は、過去を正しく認識し反省する、道徳的勇気のある、数多くの日本の民主市民がいるということも、よく知っています。
2に続きます。
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