「美しい奉仕」だったニダ
投稿者: jgeilsbandfreek 投稿日時: 2007/07/28 08:12 投稿番号: [4859 / 10735]
中央日報の社説です。
南朝鮮の新聞は「ボランティア」より「布教」を掲げていたんですけど、
皆日本の朝日を見習ったようです。
でも、
「南朝鮮の基督教団体は過当競争で、海外進出しなければ経済的に苦しい」
ことは周知の事実。
「もう遅い」とは思いますが、そこは朝鮮人。
【社説】切ない犠牲、美しい奉仕
ペ・ヒョンギュ牧師が結局タリバンの銃口に犠牲となった衝撃と悲嘆の中で、奉仕に一貫してきた彼と仲間のボランティアたちの施しと分かち合いの人生に身が引き締まる思いだ。ペ牧師の身を汚した10発の銃弾も、死後に愛を実践するという故人の意まで打ち砕くことはできなかった。彼の遺体は次の奉仕を準備するために彼が笑顔で踏まなければならなかった祖国の地に帰り、医療研究用として病院に寄贈される。アフガニスタンだけではなくウガンダやバングラデシュのように険しくて危ないところを毎年2度以上自ら訪れてまわった彼の人生は、たった42年で幕を閉じなければならなくなったが、厳しく、苦しい隣人がいればどこへでも駆け付けて苦痛を分かち合おうとする彼の精神は、同輩や後輩ボランティアたちを通じて永遠のものとなるだろう。
それが、故人と一緒に拉致され、依然として抑留されているイム・ヒョンジュさん(32)ら残りの人質たちが無事に帰って来なければならない理由だ。イムさんは新村(シンチョン)セブランス病院の看護士という良い環境の職場を捨てて、3年前に内戦の傷跡深い中、病院という言葉すら聞いたこともない人々を助けようとアフガニスタンに入った。彼らの文化を理解するために彼らの言葉を熱心に学んだ。交通事故で両腕を失った少女には義手をつけてあげるために6月、帰国した。久しぶりの帰国だから9月までとどまろうと思っていたが、ボランティア団員たちが出発するという知らせを聞き、自分がいなければ言葉が通じないはずだから彼らが到着する前に行かなければならないとアフガン行きを急いだところ、とんだ目に遭ったのだ。
知られていないが、残りの人質たちも奉仕の人生を生きてきたし、これからもそうして生きていく意志の厚いことは明らかだ。そうでなければそのような危険な所へ行かなければならない理由はなかった。奉仕は続けられなければならない。アフガニスタンではないとしても分かち合いと施しは続かなければならない。だからなおのこと、残りの人質たちは無事に帰ってこなければならない。それだけが故人を本当に慰める道だ。今は空が崩れるほどの苦しみの中にあっても、必ず悲しみを勝ち抜こう。先日、白血病患者に名前も告げず骨髓を提供し、再び施しの人生を生きるペ牧師の仲間であると同時にパートナーだった奥さんも共に。
2007.07.28 08:05:07
南朝鮮の新聞は「ボランティア」より「布教」を掲げていたんですけど、
皆日本の朝日を見習ったようです。
でも、
「南朝鮮の基督教団体は過当競争で、海外進出しなければ経済的に苦しい」
ことは周知の事実。
「もう遅い」とは思いますが、そこは朝鮮人。
【社説】切ない犠牲、美しい奉仕
ペ・ヒョンギュ牧師が結局タリバンの銃口に犠牲となった衝撃と悲嘆の中で、奉仕に一貫してきた彼と仲間のボランティアたちの施しと分かち合いの人生に身が引き締まる思いだ。ペ牧師の身を汚した10発の銃弾も、死後に愛を実践するという故人の意まで打ち砕くことはできなかった。彼の遺体は次の奉仕を準備するために彼が笑顔で踏まなければならなかった祖国の地に帰り、医療研究用として病院に寄贈される。アフガニスタンだけではなくウガンダやバングラデシュのように険しくて危ないところを毎年2度以上自ら訪れてまわった彼の人生は、たった42年で幕を閉じなければならなくなったが、厳しく、苦しい隣人がいればどこへでも駆け付けて苦痛を分かち合おうとする彼の精神は、同輩や後輩ボランティアたちを通じて永遠のものとなるだろう。
それが、故人と一緒に拉致され、依然として抑留されているイム・ヒョンジュさん(32)ら残りの人質たちが無事に帰って来なければならない理由だ。イムさんは新村(シンチョン)セブランス病院の看護士という良い環境の職場を捨てて、3年前に内戦の傷跡深い中、病院という言葉すら聞いたこともない人々を助けようとアフガニスタンに入った。彼らの文化を理解するために彼らの言葉を熱心に学んだ。交通事故で両腕を失った少女には義手をつけてあげるために6月、帰国した。久しぶりの帰国だから9月までとどまろうと思っていたが、ボランティア団員たちが出発するという知らせを聞き、自分がいなければ言葉が通じないはずだから彼らが到着する前に行かなければならないとアフガン行きを急いだところ、とんだ目に遭ったのだ。
知られていないが、残りの人質たちも奉仕の人生を生きてきたし、これからもそうして生きていく意志の厚いことは明らかだ。そうでなければそのような危険な所へ行かなければならない理由はなかった。奉仕は続けられなければならない。アフガニスタンではないとしても分かち合いと施しは続かなければならない。だからなおのこと、残りの人質たちは無事に帰ってこなければならない。それだけが故人を本当に慰める道だ。今は空が崩れるほどの苦しみの中にあっても、必ず悲しみを勝ち抜こう。先日、白血病患者に名前も告げず骨髓を提供し、再び施しの人生を生きるペ牧師の仲間であると同時にパートナーだった奥さんも共に。
2007.07.28 08:05:07
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