戦時作戦統制権移譲 (追加資料)
投稿者: jgeilsbandfreek 投稿日時: 2006/09/28 08:01 投稿番号: [3059 / 10735]
〈ブッシュ政権
軍事再編戦略の危険性−上〉
「作戦統制権」掌握の50年
南朝鮮駐屯米軍司令官が50余年間にわたって掌握してきた南朝鮮軍に対する「戦時作戦統制権」の還収(取り戻し)問題を巡る折衝が、盧武鉉政権とブッシュ政権の間で続けられている。南朝鮮の多くの人びとが戦時作戦統制権の早期還収を支持しているのに対して、ハンナラ党や一部のマスコミなど保守、守旧勢力が反対して厳しく対立している。「戦時作戦統制権」の返還は、韓米関係のみならず北南関係をはじめ朝鮮半島情勢全般にも重大な影響を与えると見られている。「ブッシュ政権の軍事再編戦略の危険性」について、韓桂玉・大阪経済法科大学アジア太平洋研究センター客員教授が3回にわたって解説する。
対米隷属の始まり
「戦時作戦統制権」の無条件返還を求め国防部庁舎前でデモを行う市民団体のメンバー [写真=聯合ニュース]
1945年8月、日本の敗戦により、朝鮮はその植民地統治から解放され、自由、独立をめざす。しかし米国は38度線を境に朝鮮を北南に2分して南朝鮮を占領、軍政を実施しつつ南朝鮮の軍事基地化政策を強行する(北にはソ連軍)。朝鮮半島の北南分断政策の始まりである。48年8月、発足したばかりの李承晩政権に対して米国は「米韓暫定協定」を押しつけ、「米軍は駐屯する期間、韓国軍を組織、訓練、武装する権限」および、「米軍駐屯に必要な鉄道、逓信、飛行場、基地などの所有権」を手に入れた。「作戦統制権」の原形である。
50年6月、李承晩軍の北進攻撃により朝鮮戦争が勃発すると、当時米国の圧倒的な影響下にあった国連安保理はこれを「北の侵略」とする決議を採択、15カ国の兵力による統合軍司令部を編成して「朝鮮における警察行動をとる」こととし、米国にこの司令官の任命を要請した。これを受けてトルーマン米大統領がマッカーサー(米極東軍司令官)を「国連軍」司令官として任命、東京に司令部を置き兵力を朝鮮に派遣して北進戦争に突入する(米軍はすでにそれ以前に朝鮮戦線に投入されていた)。国連憲章には「国連軍」は存在しない。いわゆる「朝鮮国連軍」が「幻の国連軍」「国連軍イコール米軍」と指摘されるゆえんである。
50年7月15日、李承晩大統領は東京のマッカーサーに「韓国陸海空軍に対する指揮権委譲に関する書簡」(大田協定ともいう)を送り、「現作戦状態が継続される間、いっさいの指揮権を委譲する」ことを確約、「韓国政府と軍、国民は貴下の隷下に服務することを光栄とする」旨を記している。
53年7月、板門店で停戦協定が調印された。協定(第4条60項)には、「停戦協定の発効後3カ月以内に双方は高級政治会議を開き、外国軍隊の撤退及び朝鮮問題の平和的解決を協議する」と規定され、国連総会もこれを全面的に支持した。だが米国側は同年12月、一方的に協議会場から退場し、停戦協定を破綻させ、その後も北側の「国連軍」解体、平和協定締結、米軍撤退などの提案をことごとく拒否し、駐韓米軍に「国連軍」の旗を掲げ続けている。なお日本の米軍座間基地(神奈川県)には「国連軍後方司令部」が置かれ、米国旗、国連旗、日の丸が掲げられている。
朝鮮戦争停戦後の53年10月、李承晩政権は「韓米相互防衛条約」に調印、その中で「米陸海空軍を無期限に韓国に駐留する権利を許容」し、さらに54年11月には「韓米協約調印に関する共同声明」で、「韓国は国連軍司令部が韓国防衛の責任を負担する間、韓国の軍事力を同司令部の作戦統制(管轄)下に置く」ことに同意した。この共同声明で李承晩政権は北南統一問題においても「米国と協調する」ことを約したのである。
長いので(2)に続きます。
南朝鮮駐屯米軍司令官が50余年間にわたって掌握してきた南朝鮮軍に対する「戦時作戦統制権」の還収(取り戻し)問題を巡る折衝が、盧武鉉政権とブッシュ政権の間で続けられている。南朝鮮の多くの人びとが戦時作戦統制権の早期還収を支持しているのに対して、ハンナラ党や一部のマスコミなど保守、守旧勢力が反対して厳しく対立している。「戦時作戦統制権」の返還は、韓米関係のみならず北南関係をはじめ朝鮮半島情勢全般にも重大な影響を与えると見られている。「ブッシュ政権の軍事再編戦略の危険性」について、韓桂玉・大阪経済法科大学アジア太平洋研究センター客員教授が3回にわたって解説する。
対米隷属の始まり
「戦時作戦統制権」の無条件返還を求め国防部庁舎前でデモを行う市民団体のメンバー [写真=聯合ニュース]
1945年8月、日本の敗戦により、朝鮮はその植民地統治から解放され、自由、独立をめざす。しかし米国は38度線を境に朝鮮を北南に2分して南朝鮮を占領、軍政を実施しつつ南朝鮮の軍事基地化政策を強行する(北にはソ連軍)。朝鮮半島の北南分断政策の始まりである。48年8月、発足したばかりの李承晩政権に対して米国は「米韓暫定協定」を押しつけ、「米軍は駐屯する期間、韓国軍を組織、訓練、武装する権限」および、「米軍駐屯に必要な鉄道、逓信、飛行場、基地などの所有権」を手に入れた。「作戦統制権」の原形である。
50年6月、李承晩軍の北進攻撃により朝鮮戦争が勃発すると、当時米国の圧倒的な影響下にあった国連安保理はこれを「北の侵略」とする決議を採択、15カ国の兵力による統合軍司令部を編成して「朝鮮における警察行動をとる」こととし、米国にこの司令官の任命を要請した。これを受けてトルーマン米大統領がマッカーサー(米極東軍司令官)を「国連軍」司令官として任命、東京に司令部を置き兵力を朝鮮に派遣して北進戦争に突入する(米軍はすでにそれ以前に朝鮮戦線に投入されていた)。国連憲章には「国連軍」は存在しない。いわゆる「朝鮮国連軍」が「幻の国連軍」「国連軍イコール米軍」と指摘されるゆえんである。
50年7月15日、李承晩大統領は東京のマッカーサーに「韓国陸海空軍に対する指揮権委譲に関する書簡」(大田協定ともいう)を送り、「現作戦状態が継続される間、いっさいの指揮権を委譲する」ことを確約、「韓国政府と軍、国民は貴下の隷下に服務することを光栄とする」旨を記している。
53年7月、板門店で停戦協定が調印された。協定(第4条60項)には、「停戦協定の発効後3カ月以内に双方は高級政治会議を開き、外国軍隊の撤退及び朝鮮問題の平和的解決を協議する」と規定され、国連総会もこれを全面的に支持した。だが米国側は同年12月、一方的に協議会場から退場し、停戦協定を破綻させ、その後も北側の「国連軍」解体、平和協定締結、米軍撤退などの提案をことごとく拒否し、駐韓米軍に「国連軍」の旗を掲げ続けている。なお日本の米軍座間基地(神奈川県)には「国連軍後方司令部」が置かれ、米国旗、国連旗、日の丸が掲げられている。
朝鮮戦争停戦後の53年10月、李承晩政権は「韓米相互防衛条約」に調印、その中で「米陸海空軍を無期限に韓国に駐留する権利を許容」し、さらに54年11月には「韓米協約調印に関する共同声明」で、「韓国は国連軍司令部が韓国防衛の責任を負担する間、韓国の軍事力を同司令部の作戦統制(管轄)下に置く」ことに同意した。この共同声明で李承晩政権は北南統一問題においても「米国と協調する」ことを約したのである。
長いので(2)に続きます。
これは メッセージ 3058 (jgeilsbandfreek さん)への返信です.
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