正統武道発祥の地は平壌ニダ2
投稿者: jgeilsbandfreek 投稿日時: 2006/08/29 07:12 投稿番号: [2827 / 10735]
このように優れた高句麗武術の中心地は平壌であった。平壌を中心にして発展した高句麗の武術は、わが国の中世全期間、その伝統が綿々と継承された。
「渤海人3人が集まれば、素手で虎を殴って捕らえる」ということわざは、高句麗を継承した渤海人のたくましい気概とともに、渤海で武術としての拳法が盛んであった事実を伝えている。
10世紀には数十万人におよぶ渤海遊民が同族の国である高麗に移住した。彼らは、平壌を中心とする西北地方に住みながら外来侵略者に反対するたたかいで武術などを手段にして勇猛をとどろかした。
高麗時代には拳法が手搏、または手摶戯(手摶争い)と呼ばれた。朝鮮王朝中葉以後からは朝鮮拳法と呼ばれ、それが法典にも定着して次第に全国に広がった。その後、足と脚を基本とするテッキョンに分化、発展した。朝鮮の拳法は、威力があっただけでなく、きわめて独特で民族性のはっきりした朝鮮固有の優れた徒手武術であった。
徒手武術とは武器や道具を持たない武術という意味である。山の多い領土で生きてきた朝鮮人は腰、脚が強くて気概がたくましく、強じんであった。
朝鮮人は、農作業の休みの時と武術を練磨する余暇に、道具なしに競うことのできるシルム(朝鮮相撲)と拳法を熟練し、その過程に一定の体系性と法数を持つ拳法を創造した。
朝鮮の拳法は十分な訓練をし、腰、脚が強い朝鮮人の体質的特性と、正義感が強く大胆かつ頑強な民族的性格が反映された蹴り基本の独特な競い徒手武術であった。
「平壌ナルパラム」は、古朝鮮と高句麗に始原を置いている朝鮮(李朝)拳法から継承、発展したテッキョンの集合体名称でもある。
言いかえれば、朝鮮の正統武術であるテッキョンの主流がまさに「平壌ナルパラム」であり、テッキョンの発祥地、故郷がほかならぬ平壌であるという意味である。
[朝鮮新報 2006.8.28]
>正義感が強く大胆かつ頑強な民族的性格
この部分、特に楽しませていただきました。
これは メッセージ 2826 (jgeilsbandfreek さん)への返信です.
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