朝鮮民族

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>幸運だったのか悲運だったのか

投稿者: kuuboakagi00 投稿日時: 2006/08/21 15:15 投稿番号: [2714 / 10735]
私は死線をくぐり抜けて生き延びてしまった。

ま、生き延びたのは生き延びたのだが、その方法は、蒋介石軍に投降したこと。

ラモウの竜兵団〈1280人、北部九州出身者からなる〉には20人の慰安婦がいたが、そのうち15人は九州天草出身の日本人。竜兵団を囲む雲南軍は20万。その背後に50万の予備軍がいた。

昭和19年6月2日に始まった雲南軍の攻撃を竜兵団は3ヶ月間耐えた。9月7日、無線機を破壊した後、残兵50人が中国側に突撃して玉砕。
50人の指揮をとった真鍋大尉は、「諸君、長い間、本当にご苦労であった。本当によくやってくれた。亡き金光連隊長に代わって、改めて礼をいう」

先頭を走る真鍋大尉、その跡を連隊旗手黒川中尉が追う。50名は真っ黒に群がった雲南軍の中へ突撃していった。

玉砕したのになぜこのようなことがわかるか。重傷捕虜がいたから。

20人の慰安婦たちはどうしたか。15人の天草の女性たちは晴れ着の和服に着替え、化粧をした後、青酸カリで自決。その際、5人の朝鮮人慰安婦たちには、「あんたたちは『日本人』じゃないのだから、お逃げよ」といって、中国側に逃がした。

(「菊と竜」・相良俊輔・光人社、「地球の歩き方・雲南・貴州」ダイヤモンド社、「教科書から消せない歴史」・明石書店)。

余談
ラモウの竜兵団の全滅近しの報がラングーンに届くと、ラングーンの野戦病院に入院していた負傷兵たちの中から、「逃亡者」が続出。当然、目指すはラモウ。中には足が膨れ上がって、軍靴を履けないものもいた。竹の杖を突いて歩いていったものもいた。おそらく全員途中で死亡したであろう。
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