戦争を知らない大統領と国防長官1
投稿者: jgeilsbandfreek 投稿日時: 2006/08/20 06:19 投稿番号: [2672 / 10735]
【コラム】戦争を知らない大統領と国防長官
韓国とアメリカが同盟関係を結んだのは1954年のことだ。この韓米同盟もすでに「不惑(40歳)」を過ぎ、「天命」を知る50歳を越えるほど年輪を重ねた。韓米同盟を土台に、韓国はこれだけの歳月、国を保ち続け、世界の10大経済大国になり、今、「自主」を口にしている。
しかし不思議なことに、自主を度々口にしている人ほど、韓米同盟の歴史に無知だ。彼らは日本の植民地統治から解放された1945年8月15日から、韓国とアメリカが同盟関係だったと思っている。それもそのはずなのが、50年6月25日未明に北朝鮮が奇襲攻撃を開始、たった1カ月で韓国南部の洛東江まで押し寄せ、国の運命が風前の灯となった時、正面から北朝鮮を食い止めたのが米軍だったからだ。彼らはその時の米軍を同盟軍と誤解しているのだ。しかし、あの米軍は同盟の義務を守ろうして進軍してきた同盟軍ではない。アメリカとソ連が世界を二分した東西冷戦体制で、共産主義の拡大を阻止しようとやって来た軍隊だった。
大韓民国の草分け的存在の人々が同盟のない国の疲弊を切々と感じたのは1950年6月25日の韓国戦争(朝鮮戦争)だった。45年8月15日の解放時、南は紡織工場が数カ所、靴工場、精米所が産業施設の全てだった。発電所も肥料工場も鉱山もすべて38度線の北側に集中していた。南北の国力は比べるまでもないほどだった。そのうえ北は、共産主義宗主国のソ連、7億人もの人口をかかえる中国と陸つながりだ。国連旗を掲げた米軍主体の連合軍により、戦争の砲火はしばらく止むことはあっても、いつまた北が南下してくるか分からない状態だった。
その状況で、大統領・李承晩(イ・スンマン)は、「北朝鮮の再侵略を阻むには、同盟でアメリカの足をこの地に縛っておくしかない」と思った。しかし、古今の歴史をみると、小さな国のために大戦争に飛び込もうとする国などないのが常だ。さらに戦争が長期化する中で、韓国に米軍投入決定を下したトルーマン米大統領の人気は急降下していた。メディアも「韓国戦争」ではなく「トルーマンの戦争」と呼び、トルーマンを皮肉るほどだった。もっとも、自分の息子たちがまったく知らない他国で血を流し死んでいくのを望む人々がどこにいるというのか。
そのうえ、次のアメリカ大統領アイゼンハワーは第2次世界大戦時にヨーロッパ戦線の総司令官として塹壕(ざんごう)の中で数多く死体を見た記憶を消し去れないでいた。戦争を知らない大統領や、戦争に行ったことのない将軍こそ、戦争の前で大口を叩く。だから戦争を知っているアイゼンハワーはためらったのだ。
韓国とアメリカが同盟関係を結んだのは1954年のことだ。この韓米同盟もすでに「不惑(40歳)」を過ぎ、「天命」を知る50歳を越えるほど年輪を重ねた。韓米同盟を土台に、韓国はこれだけの歳月、国を保ち続け、世界の10大経済大国になり、今、「自主」を口にしている。
しかし不思議なことに、自主を度々口にしている人ほど、韓米同盟の歴史に無知だ。彼らは日本の植民地統治から解放された1945年8月15日から、韓国とアメリカが同盟関係だったと思っている。それもそのはずなのが、50年6月25日未明に北朝鮮が奇襲攻撃を開始、たった1カ月で韓国南部の洛東江まで押し寄せ、国の運命が風前の灯となった時、正面から北朝鮮を食い止めたのが米軍だったからだ。彼らはその時の米軍を同盟軍と誤解しているのだ。しかし、あの米軍は同盟の義務を守ろうして進軍してきた同盟軍ではない。アメリカとソ連が世界を二分した東西冷戦体制で、共産主義の拡大を阻止しようとやって来た軍隊だった。
大韓民国の草分け的存在の人々が同盟のない国の疲弊を切々と感じたのは1950年6月25日の韓国戦争(朝鮮戦争)だった。45年8月15日の解放時、南は紡織工場が数カ所、靴工場、精米所が産業施設の全てだった。発電所も肥料工場も鉱山もすべて38度線の北側に集中していた。南北の国力は比べるまでもないほどだった。そのうえ北は、共産主義宗主国のソ連、7億人もの人口をかかえる中国と陸つながりだ。国連旗を掲げた米軍主体の連合軍により、戦争の砲火はしばらく止むことはあっても、いつまた北が南下してくるか分からない状態だった。
その状況で、大統領・李承晩(イ・スンマン)は、「北朝鮮の再侵略を阻むには、同盟でアメリカの足をこの地に縛っておくしかない」と思った。しかし、古今の歴史をみると、小さな国のために大戦争に飛び込もうとする国などないのが常だ。さらに戦争が長期化する中で、韓国に米軍投入決定を下したトルーマン米大統領の人気は急降下していた。メディアも「韓国戦争」ではなく「トルーマンの戦争」と呼び、トルーマンを皮肉るほどだった。もっとも、自分の息子たちがまったく知らない他国で血を流し死んでいくのを望む人々がどこにいるというのか。
そのうえ、次のアメリカ大統領アイゼンハワーは第2次世界大戦時にヨーロッパ戦線の総司令官として塹壕(ざんごう)の中で数多く死体を見た記憶を消し去れないでいた。戦争を知らない大統領や、戦争に行ったことのない将軍こそ、戦争の前で大口を叩く。だから戦争を知っているアイゼンハワーはためらったのだ。
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