トピずれ 「光華寮訴訟」
投稿者: jgeilsbandfreek 投稿日時: 2006/07/31 05:22 投稿番号: [2239 / 10735]
外交の狭間で…
提訴から40年、異例の長期審理「光華寮訴訟」
提訴から40年、最高裁への上告から20年。来年にそんな節目を迎える古い訴訟がある。台湾(中華民国)当局が買った京都の中国人留学生寮「光華寮(こうかりょう)」をめぐり、寮生に家屋明け渡しを求めた「光華寮訴訟」だ。中華人民共和国を中国唯一の政府として承認し、台湾と断交した日中共同声明で、台湾の所有権は中国政府に継承されるか−が最大の争点。2審は「台湾の所有物」と認めたが、中国政府は「2つの中国を認めるのか」と反発。司法は外交(行政)から独立しているとはいえ、判決確定が日中、日台関係に波紋を呼ぶのは間違いない。デリケートな争点を前に、最高裁は20年間判断を示せないままだ。(大塚創造)
もともと民間アパートだった光華寮は昭和20年ごろ、京都大が民間から借り上げ、中国人留学生の宿舎にした。27年に台湾が買収、その後寮生は自治会を組織して自主管理するようになった。
41年に中国で文化大革命が始まり、中国を支持する寮生が「毛沢東主席万歳」を叫ぶなどトラブルが発生。台湾は42年9月、寮生に建物の明け渡しを求め提訴した。
家主がアパート住人に立ち退きを求める−そんな単純な訴訟のはずだった。が、1審係争中の47年に発出された日中共同声明で構図が一変。(1)台湾に訴訟当事者としての能力があるか(2)台湾の在外資産の所有権が中国政府に継承されるか−という重い争点が浮上した。
≪4回の判決≫
光華寮訴訟の判決はこれまで京都地裁、大阪高裁で差し戻し審も含め計4回。台湾の訴訟能力はすべて認定された。
所有権については52年9月の1審・京都地裁が、「日中共同声明で光華寮の所有権は台湾から中華人民共和国に移った」として台湾の訴えを却下した。
だが、57年4月の控訴審・大阪高裁は「台湾は日本が承認していたときに光華寮を取得しており、その後、承認の切り替えがあっても直ちに所有権を喪失したとはいえない」と判断。京都地裁判決を破棄、審理を差し戻して裁判のやり直しを命じた。
差し戻し後の京都地裁判決(61年2月)、大阪高裁判決(62年2月)はともに台湾の所有権を認めて寮生に明け渡しを命令。大阪高裁判決は「光華寮は外交財産や国家権力行使のための財産ではなく、承認が切り替わっても所有権を失わない」と判示した。
≪中国の反発≫
こうした司法判断に中国政府は反発した。台湾の海外資産の所有権を認める判決は「2つの中国」を認めるもので、「唯一の中国」を確認し合った日中共同声明に反するというのだ。中国首脳部の不満に、当時の日本政府は悩まされた。
三権分立の日本では、行政は司法判断の形成に介入できない。
とはいえ、「審理を預かる最高裁にも、外交を通じた"雑音"は届いているはず。審理には神経質になっているはずだ」と法曹関係者はみる。
来年は日中共同声明から35年。提訴時から台湾側代理人を務める張有忠弁護士は「最高裁はほったらかしのまま、上告から20年近くもたってしまった。台湾が続く限り、最高裁はそのままにしておくのではないか」と語る。一方、寮生側代理人の高木喜孝弁護士は「最高裁は中国の内政問題ととらえ、日本の司法判断になじまないと考えて判決を出さないのではないか」と推測する。
上告してから5年ほどは最高裁に書面を提出するなど活発な訴訟活動が行われたが、以降は表立った動きはないという。
これほど審理が長引く訴訟は他に例はない。判決確定までの時期を区切った規定も特になく、最高裁判決が出される見通しはない。
(07/31 02:23) サンケイ新聞
支那は文句つけると必ずなんとかなると思っている。
変えないと・・・
提訴から40年、最高裁への上告から20年。来年にそんな節目を迎える古い訴訟がある。台湾(中華民国)当局が買った京都の中国人留学生寮「光華寮(こうかりょう)」をめぐり、寮生に家屋明け渡しを求めた「光華寮訴訟」だ。中華人民共和国を中国唯一の政府として承認し、台湾と断交した日中共同声明で、台湾の所有権は中国政府に継承されるか−が最大の争点。2審は「台湾の所有物」と認めたが、中国政府は「2つの中国を認めるのか」と反発。司法は外交(行政)から独立しているとはいえ、判決確定が日中、日台関係に波紋を呼ぶのは間違いない。デリケートな争点を前に、最高裁は20年間判断を示せないままだ。(大塚創造)
もともと民間アパートだった光華寮は昭和20年ごろ、京都大が民間から借り上げ、中国人留学生の宿舎にした。27年に台湾が買収、その後寮生は自治会を組織して自主管理するようになった。
41年に中国で文化大革命が始まり、中国を支持する寮生が「毛沢東主席万歳」を叫ぶなどトラブルが発生。台湾は42年9月、寮生に建物の明け渡しを求め提訴した。
家主がアパート住人に立ち退きを求める−そんな単純な訴訟のはずだった。が、1審係争中の47年に発出された日中共同声明で構図が一変。(1)台湾に訴訟当事者としての能力があるか(2)台湾の在外資産の所有権が中国政府に継承されるか−という重い争点が浮上した。
≪4回の判決≫
光華寮訴訟の判決はこれまで京都地裁、大阪高裁で差し戻し審も含め計4回。台湾の訴訟能力はすべて認定された。
所有権については52年9月の1審・京都地裁が、「日中共同声明で光華寮の所有権は台湾から中華人民共和国に移った」として台湾の訴えを却下した。
だが、57年4月の控訴審・大阪高裁は「台湾は日本が承認していたときに光華寮を取得しており、その後、承認の切り替えがあっても直ちに所有権を喪失したとはいえない」と判断。京都地裁判決を破棄、審理を差し戻して裁判のやり直しを命じた。
差し戻し後の京都地裁判決(61年2月)、大阪高裁判決(62年2月)はともに台湾の所有権を認めて寮生に明け渡しを命令。大阪高裁判決は「光華寮は外交財産や国家権力行使のための財産ではなく、承認が切り替わっても所有権を失わない」と判示した。
≪中国の反発≫
こうした司法判断に中国政府は反発した。台湾の海外資産の所有権を認める判決は「2つの中国」を認めるもので、「唯一の中国」を確認し合った日中共同声明に反するというのだ。中国首脳部の不満に、当時の日本政府は悩まされた。
三権分立の日本では、行政は司法判断の形成に介入できない。
とはいえ、「審理を預かる最高裁にも、外交を通じた"雑音"は届いているはず。審理には神経質になっているはずだ」と法曹関係者はみる。
来年は日中共同声明から35年。提訴時から台湾側代理人を務める張有忠弁護士は「最高裁はほったらかしのまま、上告から20年近くもたってしまった。台湾が続く限り、最高裁はそのままにしておくのではないか」と語る。一方、寮生側代理人の高木喜孝弁護士は「最高裁は中国の内政問題ととらえ、日本の司法判断になじまないと考えて判決を出さないのではないか」と推測する。
上告してから5年ほどは最高裁に書面を提出するなど活発な訴訟活動が行われたが、以降は表立った動きはないという。
これほど審理が長引く訴訟は他に例はない。判決確定までの時期を区切った規定も特になく、最高裁判決が出される見通しはない。
(07/31 02:23) サンケイ新聞
支那は文句つけると必ずなんとかなると思っている。
変えないと・・・
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/dabaafl1b2_1/2239.html