韓国の鉄道マニアの週末
投稿者: jgeilsbandfreek 投稿日時: 2006/07/17 14:56 投稿番号: [1844 / 10735]
9人のオタク…韓国の鉄道マニアの週末
「009から245までの切符を9枚下さい」
今月8日の土曜日、大田市の新灘津駅。9人の男性が切符売場の前に立っていた。駅員は目を丸くした。いったい何者なんだろう…韓国鉄道公社の電算システムで、009は新灘津駅、245は忠清北道のシムチョン駅のコード番号だ。駅員は「私たちでさえソウル駅や清涼里駅のような大きな駅のコード番号しか覚えていないのに、どうしてそんな田舎の駅のコード番号を正確に覚えておられるのですか」と聞き返した。この9人の正体はダウム・カフェ(会員制ウェブサイト)の「鉄道同好会」の会員、つまり鉄道マニアたちだったのだ。
韓国全土にある600を超える駅のコード番号を全て覚えるくらいは朝飯前だ。コメディアン志望のパク・チョルスンさん(25)は、これまでに29万枚の乗車券を集めた。韓国内にある駅の乗車券は90%持っており、ローカル列車「統一号」の最終列車の乗車券もアルバムに張ってある。リュ・ギウンさん(34)は、鉄道のとりこになり、それが高じて1999年に鉄道運転士になった。リュさんは廃線になった路線や駅、引退した車両などを写真に収めてきた。そんな彼のブログへの訪問者は一日に300人を超えるという。
仁荷工大電気情報科1年生のキム・ドンヒョンさん(21)は、あらゆる列車の走行音や車輪が回る音、案内放送などを録音している。「幼稚園のときから列車の走る音を聞く度に家の外に飛び出ていました。昔は運転士が直接案内放送をしていましたが、最近はどこも自動放送になり、昔のような情緒がなくなってしまいました」という。また会社員のチョン・チスさん(26)は列車の行先表示板を集めている。
この日、9人が最初に向かったのは大田の鉄道車両管理団だ。スクラップ寸前の「統一号」をひと目見るためだ。施設の中を見て回っていたパク・チョルスンさんが突然声を上げた。「あ、ここだ! こんなに壊れている!」。パワーショベルが車両をずたずたに壊していた。なんとも無惨な姿になった統一号。内装材のすべてがはがれ落ち、外枠もぐちゃぐちゃな状態で残っていた。9人は一様に「あーあ」と声を上げるなり、写真を撮りはじめた。「もう最後だね。もう少し早く来ていれば、まだ無傷であった時の姿を見られたのに」とリュ・ギウンさんは残念がった。リュさんは「あの不便さがなければ人々の記憶に残ることもないだろう。統一号が世の中に存在し、数十年にわたって人々を乗せ線路を走り続けたということと、その寂しい最後の姿を記憶にとどめたい」と話した。
午後2時48分、9人は最後の目的地、シムチョン駅に着いた。ここは一日の利用者が20人ほどに過ぎない静かな田舎の駅だ。9人は誰もいないホームで、駅の様子をしきりにカメラにおさめていた。日本人のミネユキ・ツヨシさん(34)は「もはや日本の田舎にある駅のほとんどは無人駅になり、昔の情緒が失われつつあるが、韓国では今もお年寄り達が荷物を抱えて行商に出て行く姿を見られるところが好きだ」と話した。
ミネユキさんは「韓国は世界各地の鉄道文化が入り混じったまさに“鉄道のビビンバ”のようなところだ」という。韓国の鉄道路線や、運転士が使う合図といった基本的なシステムは日本式だが、ディーゼル機関車は1953年に米国から輸入したもので、70年代からはドイツ式の新型電気機関車をはじめ、欧州型の車両が登場し、2004年に開業したKTX(高速鉄道)はフランス式だからだ。
「来た。今度は貨物列車だ」。9人が立ち上がった。すると6両編成の貨物列車が現れた。この日午後シムチョン駅に流れた汽笛の音は、彼らのビデオカメラにしっかりと収められた。
キム・ヨンジュ記者
朝鮮日報
日本だったら、ショベルカ−なんて使わず、
マニアに競売するぞ。
製造に価値を見出さない国だからなあ(嘆息)
「009から245までの切符を9枚下さい」
今月8日の土曜日、大田市の新灘津駅。9人の男性が切符売場の前に立っていた。駅員は目を丸くした。いったい何者なんだろう…韓国鉄道公社の電算システムで、009は新灘津駅、245は忠清北道のシムチョン駅のコード番号だ。駅員は「私たちでさえソウル駅や清涼里駅のような大きな駅のコード番号しか覚えていないのに、どうしてそんな田舎の駅のコード番号を正確に覚えておられるのですか」と聞き返した。この9人の正体はダウム・カフェ(会員制ウェブサイト)の「鉄道同好会」の会員、つまり鉄道マニアたちだったのだ。
韓国全土にある600を超える駅のコード番号を全て覚えるくらいは朝飯前だ。コメディアン志望のパク・チョルスンさん(25)は、これまでに29万枚の乗車券を集めた。韓国内にある駅の乗車券は90%持っており、ローカル列車「統一号」の最終列車の乗車券もアルバムに張ってある。リュ・ギウンさん(34)は、鉄道のとりこになり、それが高じて1999年に鉄道運転士になった。リュさんは廃線になった路線や駅、引退した車両などを写真に収めてきた。そんな彼のブログへの訪問者は一日に300人を超えるという。
仁荷工大電気情報科1年生のキム・ドンヒョンさん(21)は、あらゆる列車の走行音や車輪が回る音、案内放送などを録音している。「幼稚園のときから列車の走る音を聞く度に家の外に飛び出ていました。昔は運転士が直接案内放送をしていましたが、最近はどこも自動放送になり、昔のような情緒がなくなってしまいました」という。また会社員のチョン・チスさん(26)は列車の行先表示板を集めている。
この日、9人が最初に向かったのは大田の鉄道車両管理団だ。スクラップ寸前の「統一号」をひと目見るためだ。施設の中を見て回っていたパク・チョルスンさんが突然声を上げた。「あ、ここだ! こんなに壊れている!」。パワーショベルが車両をずたずたに壊していた。なんとも無惨な姿になった統一号。内装材のすべてがはがれ落ち、外枠もぐちゃぐちゃな状態で残っていた。9人は一様に「あーあ」と声を上げるなり、写真を撮りはじめた。「もう最後だね。もう少し早く来ていれば、まだ無傷であった時の姿を見られたのに」とリュ・ギウンさんは残念がった。リュさんは「あの不便さがなければ人々の記憶に残ることもないだろう。統一号が世の中に存在し、数十年にわたって人々を乗せ線路を走り続けたということと、その寂しい最後の姿を記憶にとどめたい」と話した。
午後2時48分、9人は最後の目的地、シムチョン駅に着いた。ここは一日の利用者が20人ほどに過ぎない静かな田舎の駅だ。9人は誰もいないホームで、駅の様子をしきりにカメラにおさめていた。日本人のミネユキ・ツヨシさん(34)は「もはや日本の田舎にある駅のほとんどは無人駅になり、昔の情緒が失われつつあるが、韓国では今もお年寄り達が荷物を抱えて行商に出て行く姿を見られるところが好きだ」と話した。
ミネユキさんは「韓国は世界各地の鉄道文化が入り混じったまさに“鉄道のビビンバ”のようなところだ」という。韓国の鉄道路線や、運転士が使う合図といった基本的なシステムは日本式だが、ディーゼル機関車は1953年に米国から輸入したもので、70年代からはドイツ式の新型電気機関車をはじめ、欧州型の車両が登場し、2004年に開業したKTX(高速鉄道)はフランス式だからだ。
「来た。今度は貨物列車だ」。9人が立ち上がった。すると6両編成の貨物列車が現れた。この日午後シムチョン駅に流れた汽笛の音は、彼らのビデオカメラにしっかりと収められた。
キム・ヨンジュ記者
朝鮮日報
日本だったら、ショベルカ−なんて使わず、
マニアに競売するぞ。
製造に価値を見出さない国だからなあ(嘆息)
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