実はウリナラも兆候は攫んでいた。
投稿者: jgeilsbandfreek 投稿日時: 2006/07/06 22:35 投稿番号: [1488 / 10735]
ミサイル発射、政府は3日に兆候つかみ事前準備
2006/07/06 22:21
【ソウル6日聯合】北朝鮮のミサイル発射について、政府は3日に発射が迫っているという具体的な兆候をつかみ、7月6日を発射日と予想して事前準備を進めていたことが明らかになった。盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領は5日午前5時12分、テポドン2号の発射から12分後に青瓦台安全保障室から発射事実の報告を受けた。また、国家安全保障会議(NSC)常任委員会は危機管理マニュアルに従い、午前7時30分に招集された。
政府の情報当局は3日夕方、北朝鮮・江原道安辺郡のミサイル発射基地での慌しい動きをとらえると同時に、北朝鮮が東海の特定海域について自国船舶の航海禁止を指示したとの情報を入手した。ただ、情報と衛星写真の分析に慎重を期し、青瓦台には翌4日に報告、青瓦台参謀から盧大統領にも伝えられたとされる。同時に関係官庁にも万全の体制を整えるよう指示が出た。
ミサイル発射時期については、収集した情報と気象状況、技術的な判読などを基に、実際に発射された5日ではなく、6日になるとみていた。中国が非公式の6カ国協議開催に向け動いていたことも作用した。いつでも発射はありえると判断する一方、発射しない可能性も考えていたようだ。4日にメディアへ状況を公開することも検討されたが、発射時期が不透明だったため、国民の間に不安が広がることを避けようと公開をとどまったといわれる。
しかし、北朝鮮は気象状態が良好ではないうえに早朝という時間帯を選んでミサイルを発射した。青瓦台や安保関係者はこれに「やや驚いた」反応を示した。午前3時32分に最初のミサイルが発射された事実は、すぐに軍など情報当局により確認され、事前に準備していた対応マニュアルに沿って危機措置班が稼動した。青瓦台の徐柱錫(ソ・ジュソク)統一外交安保首席秘書官に報告が上がったのは午前4時すぎ。ミサイルが中・短距離だったこと、具体的な事実関係を確認するため、一定時間を要したとされる。その後のテポドン2号の発射事実は当局確認直後に青瓦台にも報告された。さらに尹光雄(ユン・グァンウン)国防部長官ら関係閣僚が電話で協議後、午前7時30分からNSC常任委員会を開き、10時10分には徐秘書官がミサイル発射に関し政府の見解を発表した。この声明も3日のミサイル発射兆候確認後、事前に準備されていた。NSC常任委での協議と盧大統領への報告過程で部分的に手直しした上で発表されたという。その50分後の午前11時、盧大統領は安保関係閣僚会議を招集し、朝鮮半島に緊張状況を招かない方向で問題解決を図るという対応方向を定めた。
政府関係者は、政府の対応はマニュアル通りに実行に移され、遅れを取るものではなかったと話している。
要するに、様々な所から攻められて抗弁に必死なわけですね。
2006/07/06 22:21
【ソウル6日聯合】北朝鮮のミサイル発射について、政府は3日に発射が迫っているという具体的な兆候をつかみ、7月6日を発射日と予想して事前準備を進めていたことが明らかになった。盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領は5日午前5時12分、テポドン2号の発射から12分後に青瓦台安全保障室から発射事実の報告を受けた。また、国家安全保障会議(NSC)常任委員会は危機管理マニュアルに従い、午前7時30分に招集された。
政府の情報当局は3日夕方、北朝鮮・江原道安辺郡のミサイル発射基地での慌しい動きをとらえると同時に、北朝鮮が東海の特定海域について自国船舶の航海禁止を指示したとの情報を入手した。ただ、情報と衛星写真の分析に慎重を期し、青瓦台には翌4日に報告、青瓦台参謀から盧大統領にも伝えられたとされる。同時に関係官庁にも万全の体制を整えるよう指示が出た。
ミサイル発射時期については、収集した情報と気象状況、技術的な判読などを基に、実際に発射された5日ではなく、6日になるとみていた。中国が非公式の6カ国協議開催に向け動いていたことも作用した。いつでも発射はありえると判断する一方、発射しない可能性も考えていたようだ。4日にメディアへ状況を公開することも検討されたが、発射時期が不透明だったため、国民の間に不安が広がることを避けようと公開をとどまったといわれる。
しかし、北朝鮮は気象状態が良好ではないうえに早朝という時間帯を選んでミサイルを発射した。青瓦台や安保関係者はこれに「やや驚いた」反応を示した。午前3時32分に最初のミサイルが発射された事実は、すぐに軍など情報当局により確認され、事前に準備していた対応マニュアルに沿って危機措置班が稼動した。青瓦台の徐柱錫(ソ・ジュソク)統一外交安保首席秘書官に報告が上がったのは午前4時すぎ。ミサイルが中・短距離だったこと、具体的な事実関係を確認するため、一定時間を要したとされる。その後のテポドン2号の発射事実は当局確認直後に青瓦台にも報告された。さらに尹光雄(ユン・グァンウン)国防部長官ら関係閣僚が電話で協議後、午前7時30分からNSC常任委員会を開き、10時10分には徐秘書官がミサイル発射に関し政府の見解を発表した。この声明も3日のミサイル発射兆候確認後、事前に準備されていた。NSC常任委での協議と盧大統領への報告過程で部分的に手直しした上で発表されたという。その50分後の午前11時、盧大統領は安保関係閣僚会議を招集し、朝鮮半島に緊張状況を招かない方向で問題解決を図るという対応方向を定めた。
政府関係者は、政府の対応はマニュアル通りに実行に移され、遅れを取るものではなかったと話している。
要するに、様々な所から攻められて抗弁に必死なわけですね。
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