さすが朝鮮人 2
投稿者: jgeilsbandfreak 投稿日時: 2012/11/06 16:50 投稿番号: [10673 / 10735]
大人の服従は必ずしも行動だけで成されるわけでもありません。意識の面で成される服従の方がむしろ遥かにおぞましいものです。飛行機に乗るために人身冒涜以上の何ものでもない保安検査を黙って仕方なく受け入れる人は理解できるものの、支配者たちの思惑にまで同意することは絶対に避けられない事柄ではないでしょう。にもかかわらず、私たちの多くはそのまま同意してしまうのです。たとえば、『ハンギョレ』を含むすべての南韓の新聞らは二人の同僚(上司)を殺して南韓側に逃走した北朝鮮の兵士を「帰順者」と表現していますね。「帰ってきて私たちに従い始めた人」、帰順者。第三者の立場で客観的にみれば、問題の北朝鮮の兵士がやらかした行為の正確な名称はおそらく「殺人と逃走」です。他国への逃走/亡命は犯罪ではないにしても、(正当防衛でない以上)殺人は明らかに犯罪なのです。北朝鮮の将校の殺人もまったく同じ犯罪です。にもかかわらず、私たちはほとんど無意識的に「敵兵を射殺」したその北朝鮮の軍人を犯罪者ではなく「亡命者」としてみようとする南韓の支配層の意識に同意してしまっています。「北朝鮮=敵」の等式に慣れているだけに、「敵」の生命の喪失に対して私たちは人間的に悲しむ能力さえも失ったようです。「敵」は人間ではないからです。まあ、その親衛隊員の目から見れば、ユダヤ人であると同時に社会主義者、しかも反戦活動家の上に逃亡まで試みたレッツも「人間」ではなかったはずです。
大人たちの思考と行為も馴致され続けるのですが、子供たちは「馴致の工場」である学校やその部属/類似機関(塾など)で彼らの時間の大半を過ごさなければなりません。先生の言うことを聞けば誉められ、先生の話や教科書の内容をよく暗記すれば誉められ、また成績競争で他人より暗記と服従がうまければ褒められ報償されます。そんな子供が必須の修学旅行で牙山の顕忠祠に行き、そこで私たちの国家と民族を守るために敵を多く殺害することがすなわち善の極致ということを可視的に学びます。ドラマを通じ、ゲームを通じて有名になったあの李舜臣まで結び付けられてです。次は独立記念館に必須の修学旅行に行き、キョレの塔と民族の精気を表現する夥しい象徴物などを見てまわりながら、「私たちの政府」そのものが善を代弁する我が民族を代表するということを、独立運動の正統性を引き継ぐということをまた学びます。その次はまた国立墓地に行き、そこに埋められている米帝のベトナム侵略の補助役であった韓国の派越軍人たちを「殉国先烈」として学び、善を代表する「私たちの政府」がアメリカと一緒に誰かと戦えば、その戦争もまた善になることを学びます。暗記に慣れているだけに、その子供たちは顕忠祠と独立記念館と国立墓地の伝える理念的なメッセージをあまりにも容易に内面化します。皆さん、私たちは現実を直視する必要があります。このような子供たちがもし将来、反北・反中侵略に動員されたら、果してあのナチス親衛隊員のように平気で罪のない犠牲者たちに対する銃殺刑を執行することをためらうでしょうか。そのような過程を経た子供が、レッツのような生涯反抗者になる可能性は高いでしょうか。それが問題なのです。
反抗はたまには荒い時もあり、その理念的な内容が過激であるなど、様々な点で問題を内包しているものの、最も荒く図式主義的な反抗者より最も善良でやさしい服従者が遥かに危険なのです。大衆の服従こそ人類が経験した最悪の犯罪を生み出した母胎なのです。知識人に責任があるとすれば、力が尽きるまで人々に向かって「どうか従うな!考えろ!疑え!あらゆることを疑い絶対に盲従するな!」と声高く叫び続けることでしょう。ところが、服従訓練においては南韓の知識人たちがむしろ先頭に立っており、韓半島が今後再び無惨な虐殺の場になりうる基盤をたった今一生懸命に準備していることが問題なのです。
原文: http://blog.hani.co.kr/gategateparagate/52535 訳J
人類とヒトモドキは別の種だと解らせてくれます。
大人たちの思考と行為も馴致され続けるのですが、子供たちは「馴致の工場」である学校やその部属/類似機関(塾など)で彼らの時間の大半を過ごさなければなりません。先生の言うことを聞けば誉められ、先生の話や教科書の内容をよく暗記すれば誉められ、また成績競争で他人より暗記と服従がうまければ褒められ報償されます。そんな子供が必須の修学旅行で牙山の顕忠祠に行き、そこで私たちの国家と民族を守るために敵を多く殺害することがすなわち善の極致ということを可視的に学びます。ドラマを通じ、ゲームを通じて有名になったあの李舜臣まで結び付けられてです。次は独立記念館に必須の修学旅行に行き、キョレの塔と民族の精気を表現する夥しい象徴物などを見てまわりながら、「私たちの政府」そのものが善を代弁する我が民族を代表するということを、独立運動の正統性を引き継ぐということをまた学びます。その次はまた国立墓地に行き、そこに埋められている米帝のベトナム侵略の補助役であった韓国の派越軍人たちを「殉国先烈」として学び、善を代表する「私たちの政府」がアメリカと一緒に誰かと戦えば、その戦争もまた善になることを学びます。暗記に慣れているだけに、その子供たちは顕忠祠と独立記念館と国立墓地の伝える理念的なメッセージをあまりにも容易に内面化します。皆さん、私たちは現実を直視する必要があります。このような子供たちがもし将来、反北・反中侵略に動員されたら、果してあのナチス親衛隊員のように平気で罪のない犠牲者たちに対する銃殺刑を執行することをためらうでしょうか。そのような過程を経た子供が、レッツのような生涯反抗者になる可能性は高いでしょうか。それが問題なのです。
反抗はたまには荒い時もあり、その理念的な内容が過激であるなど、様々な点で問題を内包しているものの、最も荒く図式主義的な反抗者より最も善良でやさしい服従者が遥かに危険なのです。大衆の服従こそ人類が経験した最悪の犯罪を生み出した母胎なのです。知識人に責任があるとすれば、力が尽きるまで人々に向かって「どうか従うな!考えろ!疑え!あらゆることを疑い絶対に盲従するな!」と声高く叫び続けることでしょう。ところが、服従訓練においては南韓の知識人たちがむしろ先頭に立っており、韓半島が今後再び無惨な虐殺の場になりうる基盤をたった今一生懸命に準備していることが問題なのです。
原文: http://blog.hani.co.kr/gategateparagate/52535 訳J
人類とヒトモドキは別の種だと解らせてくれます。
これは メッセージ 10672 (jgeilsbandfreak さん)への返信です.
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