朝鮮食べ物談義

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「イルシク」という名の韓国料理

投稿者: doronpa95 投稿日時: 2010/11/19 22:38 投稿番号: [5318 / 6487]
〜開化期の食の日流
韓国人に受けた日本の簡易食品
佐野   良一

  韓国人留学生が東京へ来て、オデン、ウドン、キムパプ(海苔巻き)、パッピンス(氷小豆)など、幼い時からの好物がほとんど日本ルーツと知りちょっと衝撃を受けたという。そんな若い韓国人を数人知っている。現在韓国ではこれら日本ルーツ飲食を日イル式シクと呼ぶ。いずれも韓国社会に根付いて優に1世紀を越え、駅や百貨店の食堂でもメニューになる程大衆化している。

  1876年の江カン華ファ島ド条約で開港した朝鮮(韓国)へ多くの日本人が渡ると、1885年頃には日本公使館のある漢ハン城ソン(ソウル)南山北麓に日本人街が形成された。新都市建設当初は商人、建設業者など単身渡韓の男性が多く、彼らの需要を満たす飲食業者がその後を追う。彼らはとりあえず小資本の簡易食堂や屋台から始めた。扱うメニューも庶民が食べ慣れたオデン、ウドン、海苔巻き、大福餅などの類だ。

  この日本人向け飲食が意外に韓国人に受けた。当時の韓国人にとってそれらは非常に珍しく旨かった。オデンもウドンも煮干し出だ汁しが利いていた。慶尚南道沿海ではイワシが大量に獲れたが、元来煮干し加工の習慣はなかったようで、塩辛にする他は魚肥に利用した。日本風煮干し出汁はチゲなど韓国飲食の味を深める役割も果たしている。

  大福餅や羊羹の小豆餡の甘味は強烈だった。韓国の餅や伝統菓子にも小豆餡は使うが、砂糖を加えることはなく、小豆本来の甘味を楽しむ程度だ。韓国庶民の手軽な甘味料は水飴、干し柿などだが、それすら決して日常のものではない。そんな中での甘い小豆餡の人気が分かる。1910年代韓国に製氷工場ができた後の氷小豆が、現在のパッピンスに至るのもそんな流れだろう。

  このような日式定着から窺えるものは、日韓の嗜好の近さであり、情緒の相似である。それが現代においては、東京・新大久保など、全国のコリアンタウンの“食の韓流となる。その先鞭としての19世紀末のソウルに現れた“食の日流を、考察してみたい。

佐野良一(さの・りょういち)
イベントプロデューサー(sano   asian   produce主宰)。元韓国日報記者、朝鮮王朝宮中飲食研究院修了。韓国にまつわる演劇、映画、テレビ、コンサートなどのプロデュースに多数関わる。現在、月刊「韓食文化」に“韓食ワンダーランド〜その体験的考察&#65533;を連載中。

統一日報   2010/11/10
http://news.onekoreanews.net/detail.php?number=57679&thread=01r05


>このような日式定着から窺えるものは、日韓の嗜好の近さであり、情緒の相似である。それが現代においては、東京・新大久保など、全国のコリアンタウンの“食の韓流となる。その先鞭としての19世紀末のソウルに現れた“食の日流を、考察してみたい。


一方通行じゃないか
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