しつこく 白ご飯
投稿者: jgeilsbandfreak 投稿日時: 2009/04/15 16:44 投稿番号: [3832 / 6487]
記事入力 : 2009/04/15 15:56:26
【萬物相】白いご飯を食べる「罪の意識」
「わが首領様があれほど望んでいらっしゃった白いご飯に肉のスープを食べる世の中が、将軍様により実現しつつある」。今年1月2日、北朝鮮両江道恵山市の労働党幹部講演会で党宣伝秘書が言った言葉だ。「白いご飯に肉のスープ」は1950年代に「千里馬運動」が盛んだったころ、故・金日成(キム・イルソン)主席が「住みやすい社会主義世界」の象徴として掲げたスローガンだ。その古いスローガンを50年過ぎた今も党幹部が堂々と口にするのが、北朝鮮の実情だ。韓国国家人権委員会の調査によると、「人が餓死するのをこの目で見た」と証言する脱北者は58%にも達するという。
韓半島(朝鮮半島)平和研究院が2007年に行った調査を見ると、7年以上韓国に暮らしている脱北者の月平均所得は01年の50万ウォン(現行レートで約3万7000円、以下同じ)から04年は95万ウォン(約7万円)、07年には140万ウォン(約10万4000円)と上昇を続けている。だが、それでも07年の韓国人月平均勤労所得211万ウォン(約15万7000円)の66%程度だ。つまり、中所得層の半分くらいしか収入がないことになる。また、貧困率も27.4%で、韓国人の平均である18.4%よりも高い。
にもかかわらず、脱北者が感じている生活の質は決して悪くない。07年の調査では、身体・精神・社会・環境といった分野別に自身の生活に点数を付けてもらったところ、5点満点で3.43点という結果が出た。00年の韓国人の満足度3.27点を上回る。03年にソウルに来たある脱北者は手記に「食べるのに困らない中国は楽園だと思っていたが、韓国は天の殿堂だった」と書いている。彼は中朝国境に近い恵山で暮らしていたため、外の事情も少しは知っていたはずだが、韓国の衣食住のレベルに驚いたという。
脱北者が北朝鮮にいる家族のことを一番強く思い出すのは、何かを食べるときだそうだ。韓国戦争(朝鮮戦争)で北朝鮮の捕虜になった韓国軍のチョ・チャンホ少尉は1994年に脱北し、ソウルに戻ってまもなく、洋食レストランに入った。チョ少尉はトウモロコシのバター焼きを出されると、すぐに「片付けてくれ」と言った。北朝鮮に残してきた息子二人に対する罪の意識があったからだ。77年にチョ少尉がじん肺により鉱山での仕事ができなくなると、息子たちは裏山にこっそりトウモロコシ畑を作り、家族に食べさせた。彼は1日3食、十数年間トウモロコシで命をつないだ。
ワシントン・ポストは一昨日、脱北者の複雑な心境を1面で取り上げ、「脱北者の願いは別れた家族と熱々の白いご飯を食べること」と報じた。脱北した若者たちのために誕生日パーティーを開くと、例外なく北朝鮮にいる家族を思い出し、涙を流すとも伝えた。脱北者は特においしい物を食べるとき、罪の意識に苦しむという。人民に食べさせることは考えず、「核・ミサイルごっこ」にばかり執着する北朝鮮を見ていると、胸が張り裂けそうだ。
崔秉黙(チェ・ビョンムク)論説委員
朝鮮日報/朝鮮日報日本語版
>彼は1日3食、十数年間トウモロコシで命をつないだ。
食べ物があれば御の字では?
【萬物相】白いご飯を食べる「罪の意識」
「わが首領様があれほど望んでいらっしゃった白いご飯に肉のスープを食べる世の中が、将軍様により実現しつつある」。今年1月2日、北朝鮮両江道恵山市の労働党幹部講演会で党宣伝秘書が言った言葉だ。「白いご飯に肉のスープ」は1950年代に「千里馬運動」が盛んだったころ、故・金日成(キム・イルソン)主席が「住みやすい社会主義世界」の象徴として掲げたスローガンだ。その古いスローガンを50年過ぎた今も党幹部が堂々と口にするのが、北朝鮮の実情だ。韓国国家人権委員会の調査によると、「人が餓死するのをこの目で見た」と証言する脱北者は58%にも達するという。
韓半島(朝鮮半島)平和研究院が2007年に行った調査を見ると、7年以上韓国に暮らしている脱北者の月平均所得は01年の50万ウォン(現行レートで約3万7000円、以下同じ)から04年は95万ウォン(約7万円)、07年には140万ウォン(約10万4000円)と上昇を続けている。だが、それでも07年の韓国人月平均勤労所得211万ウォン(約15万7000円)の66%程度だ。つまり、中所得層の半分くらいしか収入がないことになる。また、貧困率も27.4%で、韓国人の平均である18.4%よりも高い。
にもかかわらず、脱北者が感じている生活の質は決して悪くない。07年の調査では、身体・精神・社会・環境といった分野別に自身の生活に点数を付けてもらったところ、5点満点で3.43点という結果が出た。00年の韓国人の満足度3.27点を上回る。03年にソウルに来たある脱北者は手記に「食べるのに困らない中国は楽園だと思っていたが、韓国は天の殿堂だった」と書いている。彼は中朝国境に近い恵山で暮らしていたため、外の事情も少しは知っていたはずだが、韓国の衣食住のレベルに驚いたという。
脱北者が北朝鮮にいる家族のことを一番強く思い出すのは、何かを食べるときだそうだ。韓国戦争(朝鮮戦争)で北朝鮮の捕虜になった韓国軍のチョ・チャンホ少尉は1994年に脱北し、ソウルに戻ってまもなく、洋食レストランに入った。チョ少尉はトウモロコシのバター焼きを出されると、すぐに「片付けてくれ」と言った。北朝鮮に残してきた息子二人に対する罪の意識があったからだ。77年にチョ少尉がじん肺により鉱山での仕事ができなくなると、息子たちは裏山にこっそりトウモロコシ畑を作り、家族に食べさせた。彼は1日3食、十数年間トウモロコシで命をつないだ。
ワシントン・ポストは一昨日、脱北者の複雑な心境を1面で取り上げ、「脱北者の願いは別れた家族と熱々の白いご飯を食べること」と報じた。脱北した若者たちのために誕生日パーティーを開くと、例外なく北朝鮮にいる家族を思い出し、涙を流すとも伝えた。脱北者は特においしい物を食べるとき、罪の意識に苦しむという。人民に食べさせることは考えず、「核・ミサイルごっこ」にばかり執着する北朝鮮を見ていると、胸が張り裂けそうだ。
崔秉黙(チェ・ビョンムク)論説委員
朝鮮日報/朝鮮日報日本語版
>彼は1日3食、十数年間トウモロコシで命をつないだ。
食べ物があれば御の字では?
これは メッセージ 3827 (jgeilsbandfreak さん)への返信です.
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