(ちょいズレ)四千年の味ピリピリ
投稿者: jgeilsbandfreak 投稿日時: 2008/03/15 18:58 投稿番号: [2679 / 6487]
四千年の味ピリピリ
2008年03月15日
東京ではすし、ソウルではキムチが国外に広まった――。そんな俗言があるほど、五輪開催国の食文化に世界の目が集まる。すでに各国で食される中華料理だが、北京五輪で注目されているのは、四千年の歴史が生んだ豊かな食文化ではなく、「食の安全」だ。中国産ギョーザの中毒事件も暗い影を落とす。
「金メダルギョーザ」。五輪サプライヤーになったメーカーの売れ筋だ=北京で
選手村で提供される料理の約3割が中華料理になる見通しだ。特別チームが中国全土から選んだ約1000種のメニューを推薦し、北京五輪組織委の認可を待っている。
冷凍ギョーザの独占供給が決まっている食品メーカー「思念食品」(河南省鄭州市)。素材にこだわり、通常よりやや高い1袋約20元(約300円)で「金メダルギョーザ」を売り出している。
袋の表には香港出身の俳優ジャッキー・チェン。裏には「中国の味を世界に味わってもらいましょう」とあった。
ギョーザ事件報道が続いていた2月下旬。「中国の食文化を五輪でどう伝えたいのか」を聞こうと取材を申し込んでいたが、約束前日になって突然、「広報責任者がシンガポールに出張する」と断りを入れてきた。
北京五輪食品安全専門家委員会の蔡同一・中国農業大教授は「ギョーザ事件は輸出企業の問題で国内に影響はない。安心して食べてほしい」と改めて強調する。選手村に供給する全食品にICタグを付け、生産地からの全行程を管理するという。「屋台や小さな店は衛生面に問題がなくても五輪区域には絶対入れない」とまで言い切った。
米紙が2月、米国選手団が大量の食品の空輸を計画していると報道すると、すかさず組織委は「持ち込みは認められない」と牽制(けんせい)した。
■ ■
88年ソウル五輪でも食の摩擦は起きた。海外の目を気にした政府が伝統の「犬肉料理」の営業を制限し、表通りから料理店が消えた。一時移転を余儀なくされた店主は「抵抗感はあったが初めての五輪なので不満を抑えて協力した」と当時の複雑な心境を明かした。
■ ■
ギョーザ事件であらためて、日本の食卓への浸透ぶりが明らかになった冷凍食品。活用が本格化したきっかけは、64年東京五輪だった。
五輪選手村の食堂で働いた帝国ホテルの元料理長、島貫健一さん(76)は「冷凍食品は品質が劣るとされて、ホテルにもきちんとした冷凍庫がない時代。満足ゆく料理が出来るか不安はありました」と振り返った。
選手村の食事は生鮮品だけでは足りない。同ホテルの顔、故村上信夫シェフらが試行錯誤の末、試食会を開いた。当時の佐藤栄作・五輪担当相の「おいしい」とのお墨付きを得て、冷凍食品の利用を決めた。
選手村で活躍した大型冷凍庫を各地のホテルが次々と導入。70年代にはコロッケやハンバーグ、ギョーザなどの冷凍食品が家庭に広まった。
■ ■
再び北京――。中国産食品の信頼は現地でも高くない。北京市の30代女性は「最も衛生管理が厳しい輸出品に問題があるなら、国内向け商品はもっと危ないかも」と不安がる。子供の粉ミルクは主に欧州や日本からの輸入品を選んだ。「経済的に余裕がある人はまず国内産は買わない」
中国政府は5日、全国人民代表大会で、食品などの安全基準を整備する方針を打ち出した。
世界を甘く見るな!
2008年03月15日
東京ではすし、ソウルではキムチが国外に広まった――。そんな俗言があるほど、五輪開催国の食文化に世界の目が集まる。すでに各国で食される中華料理だが、北京五輪で注目されているのは、四千年の歴史が生んだ豊かな食文化ではなく、「食の安全」だ。中国産ギョーザの中毒事件も暗い影を落とす。
「金メダルギョーザ」。五輪サプライヤーになったメーカーの売れ筋だ=北京で
選手村で提供される料理の約3割が中華料理になる見通しだ。特別チームが中国全土から選んだ約1000種のメニューを推薦し、北京五輪組織委の認可を待っている。
冷凍ギョーザの独占供給が決まっている食品メーカー「思念食品」(河南省鄭州市)。素材にこだわり、通常よりやや高い1袋約20元(約300円)で「金メダルギョーザ」を売り出している。
袋の表には香港出身の俳優ジャッキー・チェン。裏には「中国の味を世界に味わってもらいましょう」とあった。
ギョーザ事件報道が続いていた2月下旬。「中国の食文化を五輪でどう伝えたいのか」を聞こうと取材を申し込んでいたが、約束前日になって突然、「広報責任者がシンガポールに出張する」と断りを入れてきた。
北京五輪食品安全専門家委員会の蔡同一・中国農業大教授は「ギョーザ事件は輸出企業の問題で国内に影響はない。安心して食べてほしい」と改めて強調する。選手村に供給する全食品にICタグを付け、生産地からの全行程を管理するという。「屋台や小さな店は衛生面に問題がなくても五輪区域には絶対入れない」とまで言い切った。
米紙が2月、米国選手団が大量の食品の空輸を計画していると報道すると、すかさず組織委は「持ち込みは認められない」と牽制(けんせい)した。
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88年ソウル五輪でも食の摩擦は起きた。海外の目を気にした政府が伝統の「犬肉料理」の営業を制限し、表通りから料理店が消えた。一時移転を余儀なくされた店主は「抵抗感はあったが初めての五輪なので不満を抑えて協力した」と当時の複雑な心境を明かした。
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ギョーザ事件であらためて、日本の食卓への浸透ぶりが明らかになった冷凍食品。活用が本格化したきっかけは、64年東京五輪だった。
五輪選手村の食堂で働いた帝国ホテルの元料理長、島貫健一さん(76)は「冷凍食品は品質が劣るとされて、ホテルにもきちんとした冷凍庫がない時代。満足ゆく料理が出来るか不安はありました」と振り返った。
選手村の食事は生鮮品だけでは足りない。同ホテルの顔、故村上信夫シェフらが試行錯誤の末、試食会を開いた。当時の佐藤栄作・五輪担当相の「おいしい」とのお墨付きを得て、冷凍食品の利用を決めた。
選手村で活躍した大型冷凍庫を各地のホテルが次々と導入。70年代にはコロッケやハンバーグ、ギョーザなどの冷凍食品が家庭に広まった。
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再び北京――。中国産食品の信頼は現地でも高くない。北京市の30代女性は「最も衛生管理が厳しい輸出品に問題があるなら、国内向け商品はもっと危ないかも」と不安がる。子供の粉ミルクは主に欧州や日本からの輸入品を選んだ。「経済的に余裕がある人はまず国内産は買わない」
中国政府は5日、全国人民代表大会で、食品などの安全基準を整備する方針を打ち出した。
世界を甘く見るな!
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