日本が生魚を世界に食べさせるまで1
投稿者: jgeilsbandfreak 投稿日時: 2008/01/27 16:16 投稿番号: [2378 / 6487]
午前5時、東京にある広さ23万平方メートルの築地魚市場のセリ場には、ゴム長靴を履いたマグロの仲買人約400人がぞろぞろと集まってくる。わずか三日前まで北大西洋・地中海・太平洋で泳いでいた数百匹からは冷気が漂う。5時30分、セリの開始を告げる鐘が鳴る。すると仲買人たちは一斉に暗号のような言葉や合図を交わす。セリは10分前後で終わるが、取引額は一日数百万ドルに達する。
1972年に日本航空が飛行機でマグロの運送を開始して以来、築地魚市場は「マグロ流通のメッカ」になった。すしが世界各地で食べられるようになって以来、マグロは爆発的な人気を呼んでいる。
『すしエコノミー』(ヘネム社刊/原題『The Sushi Economy』)の著者、サーシャ・アイゼンバーグ氏(27)は5歳のとき、すしに一目惚れしたアメリカ人記者だ。アイゼンバーグ氏は1年半もの間、5大陸14カ国を回った。マグロを捕るカナダ人漁師、築地魚市場の仲買人、マグロの養殖で大金持ちになったオーストラリア人漁師、国際機関が定めた漁獲量規制を破り違法操業する地中海の「マグロ海賊」、カリスマすし職人など、さまざまな人々に会った。同氏はすしの由来や生産流通・消費をパノラマのように一目で分かりやすく示してくれた。
■「すし職人は包丁で深い喜びを引き出す」
アイゼンバーグ氏の目に映ったすし職人はサムライの子孫だ。「刃物(包丁)と素手だけで魚から深い喜びを引き出す」「刃物を振り回し名誉と秩序を守る」ためだ。かつてサムライのために刀を打った職人たちは、今すし職人を最高のお得意様にしている。
すし職人の背後には、北大西洋の遠洋漁船から西欧の高級日本料理店にまでつながる巨大で活気に満ちたネットワークがある。遠洋操業・冷蔵技術・航空運送の発達がなければ、すしのグローバル化は不可能だった。すしは「金と権力、人と文化が自由自在に流れる20世紀甲板のグローバル化の産物」だ。
■すしの取材で全世界を股にかける
アイゼンバーグ氏に会ったのは、アメリカ北東部に位置するニューハンプシャー州コンコルドの三つ星ホテルだった。雪が膝のあたりまで積もる中、真っ暗な闇を抜け、1台のバスがエンジン音を響かせ近づいてくる。そして米共和党の有力大統領選候補者ジョン・マケイン上院議員(72)やその参謀、記者らがガヤガヤとバスから降りてきた。その一人がアイゼンバーグ氏だった。
突然マケイン議員と共に姿を現したのは、アイゼンバーグ氏がボストン・グローブ紙の記者だからだ。マケイン議員担当記者の同氏は、「遊説に同行するので、自分のスケジュールも分かりません。まずインタビューの日にちだけ決めておき、どこで会うことになってもその街のすし屋で一緒にすしを食べましょう」と言った。だがそんなリッチなインタビューのチャンスに、天気は手を貸してくれなかった。暴風で乗り継ぎの航空便が次々と運航中止になったり、引き返したりした。何回かすれ違いを重ね、とうとうすしと日本酒の代わりに魚ステーキとビールを挟んで夜にホテルのロビーで向かい合って座った。隣のテーブルにはマケイン上院議員が、後ろのテーブルには米国人記者が肩のこりをほぐしていた。韓国人記者とすしについて話すアイゼンバーグ氏を見て、マケイン議員の娘(23)は「まあ、面白いわね」と声を上げた。
■すしの味ではなく、グローバル化を称賛する本
「初めて食べたすしの味を覚えていますか」と尋ねると、アイゼンバーグ氏は「5歳のとき、日本商社の駐在員が隣に住んでいて、すし屋でご馳走してくれた」と答えた。
「わたしはボストンで生まれ、ニューヨークで育ちました。日本製自動車や電子製品が多数押し寄せた時代です。日本に対し魅力と恐怖の両方を感じていました。わたしはすしが好きだが、“すしにハマっている”と言えるほどではありません。この本はすしの味を称賛する本ではなく、すしを通じグローバル化について説明しているのです」
日常的な物事を通じ、グローバル化を説明しようとする試みは今回が初めてではない。すしの代わりにサッカーを媒介と考えた『サッカーはどのように世界を支配したか』(原題『How Soccer Explains the World』マルグルビンネム社刊)は2004年のベストセラーだった。アイゼンバーグ氏は「舌先の快楽がすしの核心だと考えるグルメ評論家は多いが、わたしの考えは少し違います」と話す。
「評論家たちは職人の技や味を強調します。でもわたしは、すしの味より口に入るまでのプロセスのほうに興味がありました」
1972年に日本航空が飛行機でマグロの運送を開始して以来、築地魚市場は「マグロ流通のメッカ」になった。すしが世界各地で食べられるようになって以来、マグロは爆発的な人気を呼んでいる。
『すしエコノミー』(ヘネム社刊/原題『The Sushi Economy』)の著者、サーシャ・アイゼンバーグ氏(27)は5歳のとき、すしに一目惚れしたアメリカ人記者だ。アイゼンバーグ氏は1年半もの間、5大陸14カ国を回った。マグロを捕るカナダ人漁師、築地魚市場の仲買人、マグロの養殖で大金持ちになったオーストラリア人漁師、国際機関が定めた漁獲量規制を破り違法操業する地中海の「マグロ海賊」、カリスマすし職人など、さまざまな人々に会った。同氏はすしの由来や生産流通・消費をパノラマのように一目で分かりやすく示してくれた。
■「すし職人は包丁で深い喜びを引き出す」
アイゼンバーグ氏の目に映ったすし職人はサムライの子孫だ。「刃物(包丁)と素手だけで魚から深い喜びを引き出す」「刃物を振り回し名誉と秩序を守る」ためだ。かつてサムライのために刀を打った職人たちは、今すし職人を最高のお得意様にしている。
すし職人の背後には、北大西洋の遠洋漁船から西欧の高級日本料理店にまでつながる巨大で活気に満ちたネットワークがある。遠洋操業・冷蔵技術・航空運送の発達がなければ、すしのグローバル化は不可能だった。すしは「金と権力、人と文化が自由自在に流れる20世紀甲板のグローバル化の産物」だ。
■すしの取材で全世界を股にかける
アイゼンバーグ氏に会ったのは、アメリカ北東部に位置するニューハンプシャー州コンコルドの三つ星ホテルだった。雪が膝のあたりまで積もる中、真っ暗な闇を抜け、1台のバスがエンジン音を響かせ近づいてくる。そして米共和党の有力大統領選候補者ジョン・マケイン上院議員(72)やその参謀、記者らがガヤガヤとバスから降りてきた。その一人がアイゼンバーグ氏だった。
突然マケイン議員と共に姿を現したのは、アイゼンバーグ氏がボストン・グローブ紙の記者だからだ。マケイン議員担当記者の同氏は、「遊説に同行するので、自分のスケジュールも分かりません。まずインタビューの日にちだけ決めておき、どこで会うことになってもその街のすし屋で一緒にすしを食べましょう」と言った。だがそんなリッチなインタビューのチャンスに、天気は手を貸してくれなかった。暴風で乗り継ぎの航空便が次々と運航中止になったり、引き返したりした。何回かすれ違いを重ね、とうとうすしと日本酒の代わりに魚ステーキとビールを挟んで夜にホテルのロビーで向かい合って座った。隣のテーブルにはマケイン上院議員が、後ろのテーブルには米国人記者が肩のこりをほぐしていた。韓国人記者とすしについて話すアイゼンバーグ氏を見て、マケイン議員の娘(23)は「まあ、面白いわね」と声を上げた。
■すしの味ではなく、グローバル化を称賛する本
「初めて食べたすしの味を覚えていますか」と尋ねると、アイゼンバーグ氏は「5歳のとき、日本商社の駐在員が隣に住んでいて、すし屋でご馳走してくれた」と答えた。
「わたしはボストンで生まれ、ニューヨークで育ちました。日本製自動車や電子製品が多数押し寄せた時代です。日本に対し魅力と恐怖の両方を感じていました。わたしはすしが好きだが、“すしにハマっている”と言えるほどではありません。この本はすしの味を称賛する本ではなく、すしを通じグローバル化について説明しているのです」
日常的な物事を通じ、グローバル化を説明しようとする試みは今回が初めてではない。すしの代わりにサッカーを媒介と考えた『サッカーはどのように世界を支配したか』(原題『How Soccer Explains the World』マルグルビンネム社刊)は2004年のベストセラーだった。アイゼンバーグ氏は「舌先の快楽がすしの核心だと考えるグルメ評論家は多いが、わたしの考えは少し違います」と話す。
「評論家たちは職人の技や味を強調します。でもわたしは、すしの味より口に入るまでのプロセスのほうに興味がありました」
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