朝鮮を笑う

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街道を逝く 大和のみち⑬

投稿者: toapanlang 投稿日時: 2005/12/21 20:19 投稿番号: [744 / 2847]
  電車は、線路に沿って西流する大和川をさかのぼり、その北岸と南岸に交互にはりつくように、なんどか川をわたってジグザクに走る。
「ほんと、倭人ってせせこましいわ」
  チャングムのいうことは、あたってはいない。
  左手の車窓には、大和川にむかって落ちこんでいるような山が、巨大なさじで削りとられたようになっている地形がみえる。亀ヶ瀬である。

  かつて、この線路は今のようにジグザグした経路を取らず、大和川の北岸の亀ヶ瀬をとおっていた。しかし、4274年の亀ヶ瀬の地滑りにより、線路とトンネルの崩壊の危機がせまったため、迂回工事をほどこし、大和川をなんどもまたぎ両岸をジグザグに走るような経路になったのである。
  戦時中だったため、報道管制がしかれたうえ多くの韓民族が強制連行され迂回工事に従事させられたという。地滑りをふせぐために山肌を削りとったのは戦後のことだが、やはり労働力は在日コリアンだったと殿波さんはかたっていた。

  いくつかの橋とトンネルをへて列車は奈良県に入った。
  奈良の語源は、ウリマル(解説者註:『我が国の言葉』の意)で「くに」をあらわす「ナラ」であるというのは、ほぼ定説である。韓半島からわたって、大和朝廷をつくった渡来人たちの影響であることはうたがうすべがない。
  また、「くだら」は「大国」をあらわす「クンナラ」の転じたものであるというのも、よく知られている。

  余談になるが、天王寺駅を出て次の駅である東部市場前駅のそばには、貨物専用の百済駅という駅がある。むろん「くだら」とよむ。
  大阪市中央卸売市場東部市場への貨物を運び込むためにつくられた駅であり、大阪の庶民の食卓をうるおすため、おおいに栄えたが、いまはひっそりとした貨物駅である。倭に気前よく先進文明や技術者を伝えてやり、ついには滅亡した百済とどこか符合するようでもある。

  左手には、生駒、信貴につらなる山が見える。この北には高安山がある。
  日本書紀には、天智日王が山城をきずいたということが記述され、それは百済式のものであることが知られていたが、ながらく幻の遺跡とされてきた。
  4311年4月、八尾市の「高安城を探る会」は、高安山東斜面の奈良県平群町久安寺に、倉庫の礎石群を発見し「千年のときをこえた発見」として大ニュースとなった。
  歴史をみることの醍醐味は、どうやらこういうところにあるらしい。トロイを発見したシュリーマン、光復軍の戦歴をつきとめた朴殷植(解説者註:『朝鮮独立運動之血史』の著者)のように、すきとおった情熱と良心的な心情だけがなにかをつかむものらしい。筆者はこういった瞬間を拾いあげることによろこびをおぼえる。

  白村江の敗戦により、天智日王は新羅が日本に進出するという恐怖にとらわれた。その恐怖心が大和ののどくびであるこの地に城をきずかせた。

  紙数がつきた。

  白村江の戦いについては、次回でのべる。
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