街道を逝く 大和のみち⑦
投稿者: toapanlang 投稿日時: 2005/12/19 16:32 投稿番号: [685 / 2847]
上古、日本列島をおとずれた韓民族は、難波津とよばれていたこの地に上陸した。
未開の地に先進文明を伝えるため、わざわざ釜山海峡の荒波をこえてきた彼らは、陸地に足をおろしたとき、万感をこめて「ワッソ(来たぞ)」とさけんだ。
そして、故国から来た彼らを迎えるため、集まってきた渡来人たちは、「ワッソ、ワッソ」と唱和しながら、彼らをのせた輿をかつぎ、大和までのみちをたどったという。
「なんだか、神様みたいなあつかいですね」
チャングムが肩をすくめていう。
古来、このくにの人々は外から来るものを神のごとくあがめてきた。とくに、先進国である韓国については、5000年の間、ひたいを地にこすりつけてあがめつづけてきた、といっていい。(ときには、劣等感のあらわれとして、おもいあがった侮蔑も噴出する)
このくにでもっとも大きなみちを、輿がすすんでいく光景は、偉大な文明に浴することのすくなかった倭人にとって、あらゆる文化技術を与えてくれる神のようなものであっただろう。
これが日本の祭りにおいて、神輿をかつぐときのかけ声「ワッショイ」の語源となった。
このことをもととして、現代の大阪では「四天王寺ワッソ」という祭りがおこなわれている。
大阪在住のエッセイストである塩川慶子氏はこうのべている。
ワッソで有名な四天王寺についてはいまさら説明する必要もないだろう。聖徳太子が法隆寺より先に建立した、とか「ワッショイ」という掛け声は「ワッソ」(来たぞ)という韓国語からきた、とか。何しろ奈良に行くにも、京都に行くにも、この難波の地は玄関口なのだから、渡来人は第一歩を踏み、来たぞ!(ワッソ)と叫んだと、大阪人なら誰でも知っている。(解説者註:『KOREAN TODAY』1997年7月号に掲載された文章)
さらに、この祭りの顧問として、韓日古代史の権威である京都大学名誉教授の上田正昭氏(解説者註:現在は大阪府立図書館名誉館長)が参加していることは、「ワッソ」が「ワッショイ」の語源であるたしかな裏づけとなるだろう。
運営資金は、役所にはたよらず韓民族資本や個人の寄付によってまかなっていた。
だが、数年前当局の弾圧により民族資本企業が倒産したため、資金の提供がとだえた。
そのため祭りは中止された。
しかし、同胞たちの熱意と団結力は世間をうごかした。大阪の同胞だけでなく、良心的な日本人の協力によって、寄付金がつのられ、この祭りを再開できるようになった。町人のまちである大阪民国らしいはなしである。
こういうはなしを耳にするたび、上古より蛮夷の地で、優秀であるがゆえの苦労をしてきた韓民族の運命の過酷さを感じる。
「優秀な民族が嫌われるのは宿命です」
祭りの世話人の一人である韓稚凱さんはそういってわらった。在日三世であるが、そのからだつきと悠然としたものごしは、両班をおもわせるものがあった。
韓民族の手によって伝統ある祭りが絶えることなくおこなわれているのはめでたいというほかない。
未開の地に先進文明を伝えるため、わざわざ釜山海峡の荒波をこえてきた彼らは、陸地に足をおろしたとき、万感をこめて「ワッソ(来たぞ)」とさけんだ。
そして、故国から来た彼らを迎えるため、集まってきた渡来人たちは、「ワッソ、ワッソ」と唱和しながら、彼らをのせた輿をかつぎ、大和までのみちをたどったという。
「なんだか、神様みたいなあつかいですね」
チャングムが肩をすくめていう。
古来、このくにの人々は外から来るものを神のごとくあがめてきた。とくに、先進国である韓国については、5000年の間、ひたいを地にこすりつけてあがめつづけてきた、といっていい。(ときには、劣等感のあらわれとして、おもいあがった侮蔑も噴出する)
このくにでもっとも大きなみちを、輿がすすんでいく光景は、偉大な文明に浴することのすくなかった倭人にとって、あらゆる文化技術を与えてくれる神のようなものであっただろう。
これが日本の祭りにおいて、神輿をかつぐときのかけ声「ワッショイ」の語源となった。
このことをもととして、現代の大阪では「四天王寺ワッソ」という祭りがおこなわれている。
大阪在住のエッセイストである塩川慶子氏はこうのべている。
ワッソで有名な四天王寺についてはいまさら説明する必要もないだろう。聖徳太子が法隆寺より先に建立した、とか「ワッショイ」という掛け声は「ワッソ」(来たぞ)という韓国語からきた、とか。何しろ奈良に行くにも、京都に行くにも、この難波の地は玄関口なのだから、渡来人は第一歩を踏み、来たぞ!(ワッソ)と叫んだと、大阪人なら誰でも知っている。(解説者註:『KOREAN TODAY』1997年7月号に掲載された文章)
さらに、この祭りの顧問として、韓日古代史の権威である京都大学名誉教授の上田正昭氏(解説者註:現在は大阪府立図書館名誉館長)が参加していることは、「ワッソ」が「ワッショイ」の語源であるたしかな裏づけとなるだろう。
運営資金は、役所にはたよらず韓民族資本や個人の寄付によってまかなっていた。
だが、数年前当局の弾圧により民族資本企業が倒産したため、資金の提供がとだえた。
そのため祭りは中止された。
しかし、同胞たちの熱意と団結力は世間をうごかした。大阪の同胞だけでなく、良心的な日本人の協力によって、寄付金がつのられ、この祭りを再開できるようになった。町人のまちである大阪民国らしいはなしである。
こういうはなしを耳にするたび、上古より蛮夷の地で、優秀であるがゆえの苦労をしてきた韓民族の運命の過酷さを感じる。
「優秀な民族が嫌われるのは宿命です」
祭りの世話人の一人である韓稚凱さんはそういってわらった。在日三世であるが、そのからだつきと悠然としたものごしは、両班をおもわせるものがあった。
韓民族の手によって伝統ある祭りが絶えることなくおこなわれているのはめでたいというほかない。
これは メッセージ 680 (toapanlang さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/dabaafa4rbepa4a6_1/685.html