朝鮮を笑う

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斜め上の雲 108

投稿者: toapanlang 投稿日時: 2007/09/10 13:30 投稿番号: [2147 / 2847]
  市民運動の支援によって成立した盧武鉉政権は、しばしば政策についてはアマチュアという批判を受けた。よくいえば理想的、悪くいえば観念的な政策であったといえる。
  とくに、反米主義を追い風としたこともあって、米国と在韓米軍に対してはかなり露骨な軽視政策をとった。盧が二〇〇三年二月の就任直後に在韓米軍抜きの国防政策について検討を支持したことはすでにのべた。
  その年の六月、アメリカは有事のさい朝鮮半島に投入される米増援軍に対する韓国の支援体制が不十分であるとし、
「この問題が解決されなければ、増員兵力の規模を減らす可能性がある」
  と警告し、アメリカが韓国に配置している戦争予備物資(WRSA)を廃止する方針を通告した。反米路線に対する強烈なしっぺがえしであったといっていい。さすがに韓国政府はあわててこれに反対した。
  一方、北朝鮮については金大中の太陽政策を引き継いだばかりか、よりいっそう親和的な姿勢をとるようになった。

  盧武鉉の大統領就任によって新千年民主党は与党の座を確保したが、盧武鉉を中心とする主流派と全羅道を基盤とする金大中派とのあいだで内部抗争が激化した。
  二〇〇三年十一月十一日、盧武鉉は主流派をひきいて離脱し、ウリ党を結成するというはなれわざにでた。ウリ党の正式名称は「ヨルリン・ウリ党」といい「開かれたわれわれ」という意味である。これによって新千年民主党は下野して野党となったため、議会での基盤を大幅にうしなった盧武鉉は政権の運営で苦境にたたされた。さらに、経済政策についても無能をさらけ出したばかりか、反米路線をややゆるめてイラクへの派兵をおこなったことでほんらいの支持層からの不満もおこり支持率は急落した。
  盧は最後の手段として国民投票によってみずからの信任を問おうとしたが、各方面から批判を浴び結局は撤回した。

  二〇〇四年三月九日、機は熟したとみた野党のハンナラ党、新千年民主党は大統領に対する弾劾訴追案を発議しようとした。進退きわまったウリ党はこれを阻止するため、議長席の占拠という手段に出たが三日後に排除され、弾劾訴追案は可決された。これにより大統領職務は一時停止され、高建首相が職務代行をおこなった。
  つづいて四月に総選挙がおこなわれたが、予想外のできごとがおこった。
  情緒に流されやすい世論が、野党のふるまいを党利党略によるものとみたため盧武鉉に同情票が殺到したのである。これによってウリ党が大勝をえた。五月には憲法裁判所が大統領弾劾訴追を棄却し、盧は大統領の職務に復帰した。盧は賭けに勝ったのである。

  だが、いぜん政局運営は不安定なままである。盧武鉉の同志の多くは市民運動家あがりであったため、状況の分析や大局的な見とおしといった点ではひどくおとっていた。盧は政策立案につうじた人物――もちろん、その能力より反米民族主義という思想を優先していたが――をもとめるようになった。
  かれは、かつて知りあった韓世実を青瓦台によんで相談を持ちかけた。
「うってつけの人材がいます」
  世実はまようことなく金華秉を推挙した。
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