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Re:斜め上の雲 105

投稿者: toapnglang 投稿日時: 2007/04/22 01:56 投稿番号: [2005 / 2847]
  前回に続いて海軍戦術の研究場面が元ネタです。これも第47回とかぶっていない原文をあげます

≫「秋山軍学」
  といわれた真之の作業のしかたは、ほぼこういうものである。
  この時期、こういう話がある。
  帰朝後ほどなく胃腸を病み、長与病院に入院していたことがある。小笠原長生研究員が見舞にゆくと、
「あなたの家に、海賊戦術の本がないか」
  と、真之はたずねた。
  小笠原長生は、九州の唐津の大名だった小笠原家の当主である。そういう家だけに、なにかふる本があるだろうと思ったのである。
「さがしてみよう」
  と、小笠原は家に帰り、旧家臣などにたずねたりして、めずらしい本をさがしだした。
「能島流海賊古法」
  という写本で、五、六冊から成っている。
(中略)
  真之は、入院中この書物を読み、ほとんどおぼれこむようにして読みふけり、あとで見舞にきた小笠原長生に、
「目がひらかれた」
  と、何度もいった。
「日本海軍の戦術は、秋山の入院中にできたのだ」
  と、小笠原はのちになって人に語った。
  水軍(海賊)戦法はおもしろい。
  とくに真之が感銘したのは、
「わが全力をあげて、敵の分力を撃つ」
  というところであった。これが水軍の基本戦術であった。そのための陣形として、
「つねに長蛇ノ陣をとる」
  と、その戦法書にある。近代海軍の用語にいう縦陣である。艦隊をながながとタテにならべて敵にむかってゆく。この陣形は応用がききやすく、敵の分力を包囲するにも便利であり、真之がもっとも感じ入ったのはこの点であった。結局はこれが秋山戦術の基幹になり、日本海海戦の戦法、陣形にもなってゆく。

  李舜臣の子孫李禎桂は、原文では豊前小倉藩の嫡流である小笠原長生です。幕末の老中小笠原長行の子で、同族の唐津藩主小笠原長国の後嗣となった人です。
  文才があり戦場ルポや実録類の執筆をしましたが、誇張も多く、また東郷平八郎の神格化などに貢献したとして、一部では評判が悪い人です。

>戦争が終わるとかれの事績はわすれられ、憤懣をいだいた子孫たちは必要以上の修飾と誇張をもって事績をかたりつぐようになった。古今東西の海将の戦術をすべて李舜臣の発案に帰しているこの書物もそのたぐいであったのであろう。

  李舜臣家に伝わった文書の内容が誇大に膨らまされていたことが発覚したのは、明治以降、諸文献の比較研究が可能になってからでした。理由は本文で書いたとおりです。
「忠武公討倭大功記」は、錫元のときにも出しました。

>華秉は無愛想に答えた。
「ガンダムはロボットの一般名詞だ」
  華秉が、いわゆる金政治学をつくりあげてゆく過程は、これであったのであろう。

原文では「白砂糖は黒砂糖からできるものだ」で、錫元のときは「ソルロンタンはソコギ(牛肉)からできるものだ」です。
  このガンダムネタを書きたいために、この原文を元ネタにし、さらに錫元のときにも元ネタとして伏線を張っておりました。
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