解説:斜め上の雲 100
投稿者: toapanlang 投稿日時: 2007/01/23 20:12 投稿番号: [1932 / 2847]
どうにか100回を迎えることとなりました。実は、第1回は去年の1月18日に掲載したので、第100回をその日に合わせてアップしました。
>錫元は苦笑したが、金日成広場でおこなわれた軍事パレードのテレビ放映をみて愕然とした。まねかれている韓国の進歩的知識人たちが楽しそうにパレードをみているのである。
(この連中は、この武器がどこに向けられているのか知っているのか)
本文中にあるように、韓国の進歩的知識人連中が招かれたのは事実です。
私は、日本の軍備にはヒステリックに「ダメなものはダメ!」のように叫びながら、中国の軍事パレードに招かれて、嬉々として見物していた人がいたのを想起しましたね。たしか、どいた過去とかいう名前だったなぁ。
>現代は、以前から北への支援等をおこなっており、とくに九八年には牛五百頭をトラックにつんで板門店経由で入北し世間をおどろかせた。創業者の鄭周永が北鮮の出身であり、また金剛山の観光開発について利権をいち早く確保しようというねらいもあったという。
最初の援助は、たしか八九年におこなっています。その後も鄭会長はたびたび北をおとずれ、援助等をおこなっています。
現代は、今でも金剛山観光の窓口になっていますね。
これは メッセージ 1925 (toapanlang さん)への返信です.
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