解説:斜め上の雲 88(前編)
投稿者: toapanlang 投稿日時: 2006/10/17 23:43 投稿番号: [1830 / 2847]
>このように、事後立法をなんのためらいもなくおこなうという、法治の精神を否定した行為についてはこれ以降にも例をみることになる。
つまり、例の親日法のことです。
阪神大震災については、『病としての韓国ナショナリズム』(伊東順子)を元ネタとしました。
著者の伊東女史は、当時ソウルで語学学校の講師でした。以下原文を紹介します。
≫一方、英語科のクラスは異様な雰囲気に包まれていた。大地震に遭った不孝な隣人に同情を示す西洋人教師に対し、韓国人学生からは「日本人はいい気味だ」「天誅だ」などという発言が公然とされていた。
日本人の血が混じる女性教師は怒りのあまり、その場で自分の出自を初めて明らかにしたと、これまた日本人の妻をもつアメリカ人教師は激怒しながら私に告げた。
「他人の不幸を喜ぶ韓国人は人間じゃない」
この日、地下鉄の新聞売りが「いいニュースです」と叫びながら、神戸の地震を告げる新聞を売っていたという話も数人から聞いた。またパソコン通信では、日本の不幸を喜ぶ声とそれに反対する者の議論が始まっていた。夜のニュースでは、明らかに悪意の感じられる地震報道がおこなわれ、その一方で知り合いの韓国人からはひっきりなしにお見舞の電話がかかってきた。
「ジュンコさんのご両親がご無事でほんとうによかったです」
私の両親を直接知る人は、涙まで浮かべてくれた。
韓国人は西洋人の前で本音を言い、建前で私たち日本人に同情したのだろうか。そうではない。ひとりでも知り合いの日本人がいれば、心から案じ、慰めてくれるのが韓国人である。英語科での反応は、日本人を直接知らない韓国人に典型的なものだった。
植民地世代よりも戦後世代、日本語学習者より英語学習者、日本を知らないほど反日の中身は幼稚になっていく。多くの韓国人にとって、「日本」は肥大化した抽象であり、国是である「反日」は大きな建前である。日本人の知己をもたないひとびとが集まった英語科や一般大衆の反応は、この建前だけが独走した結果だったと、私は思う。
建前だからこそ崩れるのも早い。阪神大震災に対して、当初「それ見たことか」的で意地悪だった韓国マスコミの論調が同情に、さらに絶望的な状況下でも冷静さと秩序を失わない日本人への賞賛に変わったのは、地震発生からわずか三日後のことだった。それとともにパソコン通信での反日発言も収拾され、ソウル市内のデパートには被災者のための募金箱が置かれた。
号外のくだりあたりはよく引用されるんですが、それでは単なるトリミングになってしまうおそれもあると思うので、公平を期して全文紹介しました。
ま、どこぞの屑が言うような、韓国政府が救援活動をおこなったということを示す記述はここにはありません。
つまり、例の親日法のことです。
阪神大震災については、『病としての韓国ナショナリズム』(伊東順子)を元ネタとしました。
著者の伊東女史は、当時ソウルで語学学校の講師でした。以下原文を紹介します。
≫一方、英語科のクラスは異様な雰囲気に包まれていた。大地震に遭った不孝な隣人に同情を示す西洋人教師に対し、韓国人学生からは「日本人はいい気味だ」「天誅だ」などという発言が公然とされていた。
日本人の血が混じる女性教師は怒りのあまり、その場で自分の出自を初めて明らかにしたと、これまた日本人の妻をもつアメリカ人教師は激怒しながら私に告げた。
「他人の不幸を喜ぶ韓国人は人間じゃない」
この日、地下鉄の新聞売りが「いいニュースです」と叫びながら、神戸の地震を告げる新聞を売っていたという話も数人から聞いた。またパソコン通信では、日本の不幸を喜ぶ声とそれに反対する者の議論が始まっていた。夜のニュースでは、明らかに悪意の感じられる地震報道がおこなわれ、その一方で知り合いの韓国人からはひっきりなしにお見舞の電話がかかってきた。
「ジュンコさんのご両親がご無事でほんとうによかったです」
私の両親を直接知る人は、涙まで浮かべてくれた。
韓国人は西洋人の前で本音を言い、建前で私たち日本人に同情したのだろうか。そうではない。ひとりでも知り合いの日本人がいれば、心から案じ、慰めてくれるのが韓国人である。英語科での反応は、日本人を直接知らない韓国人に典型的なものだった。
植民地世代よりも戦後世代、日本語学習者より英語学習者、日本を知らないほど反日の中身は幼稚になっていく。多くの韓国人にとって、「日本」は肥大化した抽象であり、国是である「反日」は大きな建前である。日本人の知己をもたないひとびとが集まった英語科や一般大衆の反応は、この建前だけが独走した結果だったと、私は思う。
建前だからこそ崩れるのも早い。阪神大震災に対して、当初「それ見たことか」的で意地悪だった韓国マスコミの論調が同情に、さらに絶望的な状況下でも冷静さと秩序を失わない日本人への賞賛に変わったのは、地震発生からわずか三日後のことだった。それとともにパソコン通信での反日発言も収拾され、ソウル市内のデパートには被災者のための募金箱が置かれた。
号外のくだりあたりはよく引用されるんですが、それでは単なるトリミングになってしまうおそれもあると思うので、公平を期して全文紹介しました。
ま、どこぞの屑が言うような、韓国政府が救援活動をおこなったということを示す記述はここにはありません。
これは メッセージ 1828 (toapnglang さん)への返信です.
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