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解説:斜め上の雲 74

投稿者: toapanlang 投稿日時: 2006/08/05 03:25 投稿番号: [1705 / 2847]
養子や家族制度については、以前うるるさんのトピでふれたことがありましたね。

>としは金華秉よりひとつ上で、国民学校から高校までずっと同学だった韓世実(ハン・セシル)のばあいは、国民学校に入る前に書堂(ソダン)というものに入った。儒者が漢字や儒礼をおしえるもので、寺子屋とかわらなかった。

元ネタは1巻「真之」、正岡子規の小学校時代の話です。以下原文。

≫としは秋山真之よりひとつ上で、中学から大学予備門までずっと同学だった正岡子規のばあいは、最初末広学校というものに入った。末広町の法竜寺という寺の本堂が校舎で、寺子屋とかわらなかった。
「子規は、この小学校に入ったとき、まだまげを結っていた」
  と、柳原極堂(正之)という子規の同郷の友人が書きのこしている。子規の母方の祖父は大原観山という旧松山藩随一の学者でながく藩儒をつとめていたが、このひとが大の西洋ぎらいで、自分もちょんまげのまま生涯を通し、初孫の子規にもまげを切らさず、外出には脇差一本を帯びさせた。断髪令はすでに明治四年に出ており、町の子はことごとく丸坊主になっていたが、子規だけがそんな頭でいた。末広学校に入ると、
「まげ升さん(子規の幼名)」
  といわれた。子規は従順な子だったが、このことを子供心に苦にしていた。
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