朝鮮を笑う

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斜め上の雲 62

投稿者: toapanlang 投稿日時: 2006/07/24 01:59 投稿番号: [1647 / 2847]
  現役の大統領である朴正煕にしてみれば、万一竹島が理不尽にとったものであっても、いったんとった以上簡単に吐きだすわけにいかない。個人的な面子ではなく、国家の面子、威信がかかっているからである。
「悩ましい問題ですね」
  盧泰愚がつぶやいた。これを問題にしてしまえば、日韓双方ともひくにひけないであろう。それこそ日本が主張するように国際司法裁判所に提訴するしかない。
  だが、そこで韓国が敗訴してしまえばどうなるであろう。朴政権の威信は地に落ち、国内世論の混乱はまぬかれまい。政権崩壊すらじゅうぶんに考えられる。
「いっそ、島をなくしてしまえばどうでしょう」
  酔いがまわったせいか、錫元はそう軽口をたたいた。
「うむ。あんなものがあるからみんな苦労する。韓日両軍の共同演習をおこなって、砲撃、爆撃で吹きとばしてしまうか」
  朴の言葉に、さすがに一同はあっけにとられた。
「そういうわけにもいかないので、棚上げするのが、最良ではないにしても、もっともましな方策(て)なんだ」
  朴はわずかに苦笑した。

  朴は酒席で軍歌など日本語の歌をうたうくせがあったが、この日はちがった。
「鞭声粛々夜河を過(わた)る
  暁に見る千兵の大牙を擁するを
  遺恨なり十年一剣を磨く
  流星光底長蛇を逸す」
  と、頼山陽の詩の一節を吟じたのである。
「不識庵、機山を撃つ」と題されたこの詩は、武田信玄と上杉謙信が正面から激突した第四次川中島の戦いをうたったものであり、琵琶の題目としても有名である。なお、不識庵とは謙信のことである。
  この戦いで、謙信は、武田方の軍師山本勘助のたてた挟撃策「啄木鳥の策」の裏をかき、妻女山の本陣を引きはらって、深夜ひそかに犀川をわたり武田本陣に接近したという。「鞭声粛々夜河を過る」とはそれをさす。
  夜明けとともに急襲した謙信を、山本勘助と信玄の実弟典厩信繁が一命をもって食いとめているあいだに、もぬけの殻となった上杉陣を襲っていた高坂弾正昌信の別働隊が到着し、ようやく武田方は優勢を取りもどした。
  謙信は信玄を打ち損ねた。「長蛇を逸す」の語源である。
  朴はかつてクーデターの前夜にも同志と酒を酌みかわしてこの詩を吟じていた。
(なにか決断をされる気なのか)
  錫元だけでなく、全斗煥、盧泰愚もそうおもった。

  この年の六月、朴正煕は国連への南北同時加盟を提案したが、金日成は、
「二つの朝鮮をつくるものだ」
  として非難し、「高麗連邦共和国」による統一加盟案を逆提案した。また合意事項に違反して、休戦ラインでの拡声器による非難放送を再開した。
  南北の融和機運は一気に冷えこんだ。
  錫元があとから考えるに、朴の提案はそこまでよんだものであったらしい。
(おそらく、あの宴会のころに決断されたんだろう)
  そうおもった。
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