朝鮮を笑う

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斜め上の雲 57

投稿者: toapanlang 投稿日時: 2006/07/12 14:26 投稿番号: [1630 / 2847]
  韓国軍の士気があがらないのには、ひとつ理由があった。
  食事にキムチがないのである。
  韓国兵はどんな粗食であってもキムチさえあれば激戦に耐えぬいた。だが、ベトナムの地にキムチはない。
「砲弾よりキムチを」
  という将兵たちの悲鳴に朴正煕はあわてた。
  六七年三月、朴大統領は、訪米する丁一権首相に携行食料のキムチ缶詰の調達をジョンソン大統領に依頼する親書をたくした。
  その結果、キムチ、豆腐の煮込み、サンマの煮込みなど多様な韓国食の缶詰携行食が調達されることになった。

  将兵たちもただそれを待つだけではなかった。
  陣中でキムチを漬けはじめたのである。このあたりの執着はすさまじい。第二次大戦中、砲撃の照準よりパスタのゆで加減に集中力をさいたイタリア兵がややそれに似ているかもしれない。
  錫元が白馬師団に属する第二十九連隊の司令部をたずねたとき、ちょうど兵士たちがキムチを漬けていた。
  白菜にトウガラシをもみこむ兵士たちのなかに、なつかしい顔がいた。
「哲福ではないか」
  その声に兵士は顔をあげ、
「義兄上さま、いや金大佐」
  といって、あわててトウガラシで真っ赤な手のまま敬礼をした。かれは錫元夫人である文春香の弟であった。
「キムチを漬けているのか」
「はい」
  当初はキムチを韓国から取り寄せていたという。だが南ベトナム政府と米軍によって輸入が禁じられてしまったという。
「なぜだ?」
「キムチに麻薬が入っているうたがいがあるからとのことです」
  哲福の答えに、錫元はおもわずはらをかかえて笑ってしまった。

  もっとも、南ベトナム政府と米軍にとっては真剣であった。
  なにしろ、韓国兵はキムチをかじるだけで、三日三晩の昼夜兼行の行軍にもじゅうぶん耐え、迅速に行動するのである。
「なにかクスリが入っているにちがいない」
  米軍顧問はそううたがった。ベトナムの米軍兵士のあいだでは麻薬が蔓延して問題となっていたため、これはあながち杞憂とはいえなかった。
「そういえば、禁断症状らしきものもあります」
  べつの米軍顧問が相槌をうった。韓国兵が、戦況が悪くなったり計算どおりにゆかないと、いきなり隣の兵士に頭突きをしたり、弾帯に火をつけたり、手榴弾をところかまわず投げまくるという例が報告されていた。

  米軍の指示により、韓国から運ばれたキムチは税関で止められ、成分分析のため、ベトナムだけでなくアメリカや日本、イギリスなど各国の研究所におくられた。
  しばらくして、それらの研究所からの報告が届いた。それは、
「キムチには異常に大量のカプサイシンが含まれるが、麻薬および麻薬類似成分はいっさい含まれない」
  というものであった。
  ようやくキムチへの疑惑は晴れた。
  しかし、米軍顧問は首をかしげた。
(あの韓国兵たちの狂態はなんだったのだろう?)

  三十年後、そのなぞは解けた。
  麻薬による禁断症状ではなく、「火病」という精神的疾患の一種であったのである。
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